人気ドラマ「VIVANT」のシーズン2放送を目前に、監督のパワハラ問題が表面化した。TBSは福澤克雄監督に対し、パワハラ行為を認定し処分を行ったと報じられている。これにより、作品と制作者の関係をめぐる「作品に罪はない」という議論が再燃している。
「作品に罪はない」論の限界
ネットメディア研究家で炎上ウォッチャーの城戸譲氏は、「作品と関係者は切り離して考えるべきだ」という立場を示しつつも、今回のケースではその論理が通用しないと指摘する。佐藤二朗や橋本愛の過去の騒動では、演者が交代しても作品そのものは残るが、福澤監督は原作・演出・プロデュースを一手に担っており、「VIVANTから福澤氏だけを引き算することは、そもそもできない」と説明する。
視聴者への心理的影響
城戸氏は、パワハラの具体的な内容は明らかではないものの、「職場で上司や先輩から威圧的に接された経験のある人にとっては、想像するだけでつらくなる可能性がある」と述べる。特にVIVANTには拷問や処刑のシーンが存在するため、「今回のパワハラ問題が暴力表現とひも付いてしまうと、純粋にドラマを楽しめなくなる視聴者も少なくないだろう」と懸念を示す。
業界の常識と一般の非常識
テレビ制作現場は「縦社会」と表現されることが多く、コンテンツへの情熱が過剰な上下関係を生むケースがある。働き方改革が進む中、60代の福澤氏の“制作論”と若手世代のそれにズレが生じている可能性が指摘される。今回の事案は局としてパワハラ認定されたものであり、あらゆる分野で「権力勾配」が問題視される昨今、業界全体の意識改革が求められる。
作品のメッセージとの矛盾
「VIVANT」は作品の中で「正義とは何か」を問いかけている。その制作現場でパワハラが行われていたとすれば、作品のメッセージと現実の矛盾が視聴者の共感を損なう恐れもある。城戸氏は「本来存在しなかったノイズを感じさせる点において、不利益をもたらすのは間違いない」と結論づける。



