鈴木おさむ、山田五郎さん追悼 「ドキュメント72時間」共演の思い出語る
鈴木おさむ、山田五郎さん追悼 12年の共演振り返る

編集者で評論家の山田五郎さんが14日に亡くなった。22日、公式YouTubeで発表された。67歳だった。鈴木おさむ氏が同日、自身のXを更新し、写真を添えて追悼した。

鈴木氏は「山田五郎さんとは、毎年年末に『ドキュメント72時間』の年末スペシャルでご一緒させていただいてました。2014年からなので、もう12年間。毎年年末に五郎さんとお会いするのが楽しみでした。五郎さんはいつも、小さなメモを持ってスタジオに入られていました。その年の『ドキュメント72時間』の一つずつの感想が、小さな字でびっしりと書かれていました」と紹介。

続けて「でも、そのメモを番組中に見たり、読み上げたりすることはありません。ただ徹底した『下準備』のメモでした。飄々としたキャラクターの裏で、とてつもない準備をして収録に臨み、五郎さんらしい目線で作品について語る。その姿勢が本当にかっこよかったです。ご病気になられてからも、スタジオ収録の合間に決して気を遣わせることなく、ご自身の病状を明るく話してくださいました」と明かした。

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その上で「昨年末にお会いした時は、病気と闘いながらも元気な姿を見れたのですが、3月のイベントでお会いした時は、正直かなりおつらそうなご様子でした。当日も『もしかしたら行けないかもしれない』となっていたのですが、それでも来てくださいました。それが、僕が山田五郎さんとご一緒した最後の仕事になりました。仕事への向き合い方、自分のキャラクターとの向き合い方。そして、おしゃれで、どんな場面でもひと言、面白いコメントを残そうとする姿勢。くだらなく格好よく生きる大人のお手本でした。本当にかっこよかったです。山田五郎さん、どうかゆっくり休んでください。本当にありがとうございました」と結んだ。

山田五郎さんの経歴と病状

山田さんは、1958年生まれ、東京都出身。82年、講談社に入社し、雑誌『Hot−Dog PRESS』の編集長などを経てフリーとなる。『百万人のお尻学』や、『知識ゼロからの西洋絵画入門』、『銀座のすし』などを執筆。また、バラエティー番組『タモリ倶楽部』や、情報バラエティー番組『出没!アド街ック天国』などにも出演し、博識ぶりを披露していた。

2024年10月、原発不明がんを公表。「視聴者の皆さんから私の腰のこととか、体調のこととかご心配いただいてですね、あんまりいい話じゃないから黙ってようかと思ったんですけど」と以前痛めた腰に言及しながら、「ぎっくり腰じゃなくてがんだったんですよ」と報告。「骨もあちこち転移してる。そんな状況だったんですよ。当然そんな状況だからもうステージ4bとか」と明かしていた。

その後もメディアへの出演などは続けており、2025年10月には「第17回伊丹十三賞」贈呈式に登壇。「大変に喜んでおります。私の人生、賞罰とはまるで無縁な66年間の人生でございまして、これまで受賞したのは、大学のマスコミ関係者の人がマスコミ関係で活躍している人に贈る『コムソフィア賞』と、みうらじゅんがその年一番飲んだ友達に送る『みうらじゅん賞』くらいなもので(笑)。今回『伊丹十三賞』という身にあまる賞をいただきまして、長生きはするもんだなと思っております」とコメントし、受賞を喜んでいた。

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2026年7月17日に更新された公式YouTube「山田五郎 オトナの教養講座」では、鼻に酸素チューブを付けて出演。「このザマですけどね」と語り、「体調は良くない?」との質問に「ご覧の通りですわ」と明かした。続けて「3月に昏睡してから、あの後歩けなくなって、車いすになって。腹水と胸水が溜まって呼吸が困難になって酸素吸入に」と近況を報告。「この俺がだよ、飯が食えなくなって固形物が食えなくなって。この俺がだよ、タバコ吸えなくなった。もう人間立って歩いて飯食えているうちは死なないと思ったけど、もう死ぬよ。立って歩くことも飯食うこともできねぇ。そんな状態です」と話し「俺が1番信じられないよ」と語った。