長井好弘が選ぶ4〜6月の珠玉の高座、鶴笑のパペット落語から円楽の新作まで
長井好弘が選ぶ4〜6月の珠玉の高座、鶴笑から円楽まで

演芸評論家の長井好弘氏が、今年4〜6月に聴いた珠玉の高座を紹介する。寄席や落語会でメモを取る習慣を持つ長井氏は、お盆休みに溜まったメモを解凍し、忘れかけていた落語会の記憶をよみがえらせた。その中から「これは」と思うものを厳選して届ける。

笑福亭鶴笑「時ゴジラ」:ナンセンスパペットの大暴れ

4月9日、浅草演芸ホールで行われた4月上席昼の部後半。上方落語の異才・鶴笑が、久しぶりに「パペット落語」を披露した。野外でのパペット落語は大道芸そのもの。今年66歳になった今も元気いっぱいで、高座を転がっての熱演は子どもたちにも大受けだった。

本編は上方落語の定番「時うどん」で始まったが、翌日の2軒目のうどん屋が登場するあたりから様子が変わった。いつの間にか現代の話になり、うどん店主がテレビで「モスラ対ゴジラ」のダイジェスト版を見ている。間抜けな客も「おおっ、すごい!」と言いながら一緒に見ていたが、ふと顔を上げて客席を見た。「みなさんも見たいでしょ?」。そう言って、鶴笑はパペットのセットを持ち出す。

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明らかに手描きのビル群のパネルを高座に並べ、袴の左裾をたくし上げると、中からゴジラ人形が飛び出した。次々とゴジラが建物を破壊する。今度は左足から成獣のモスラ人形が出てきて、「モスラ対ゴジラ」のバトルが始まった。右へ左へと高座を飛び回る鶴笑。果ては、巨大なゴジラの衣装で下半身を覆い、上半身はモスラの衣装を被り、本人が横になって体の上と下で「ひとり大バトル」となる。初めて見る浅草の客は驚き呆れていたが、あっという間にナンセンスパペットの世界に引き込まれ、拍手喝采、大爆笑だった。

長井氏は「僕も久々に大声を出して笑った」と振り返る。翌日も仕事の合間を縫って浅草演芸ホールに行き、鶴笑の高座だけを見た。演目は「義経千本桜」のパロディーで、狐忠信の宙乗りをパペット落語で見せてくれた。

柳家喬太郎「錦の舞衣」:円朝作品のオペラ翻案

4月26日、長野市芸術館で行われた落語祭「喬太郎 圓朝噺二夜」の第2夜。古典でも新作でも落語界を引っ張ってきたトップランナー・柳家喬太郎が、オペラ「トスカ」を翻案した円朝作品の通し公演を行った。さほど大きくない会場、黒で統一された落ち着いた空間。喬太郎が抑えた調子で、絵師、舞踊家、町奉行所の悪徳与力が織りなす、ねじれた恋模様を語りこんでいく。

長井氏は「思わず前のめりで聴いてしまった」と語る。この噺独特の緊張感を途切れさせず、笑いも救いもない物語で、円朝マニアでもなんでもない普通の客を納得させてしまう。絵師鞠信と舞踊家お須賀の大人の恋。同心石子伴作の見事な悪党ぶり、吟味与力金谷東三郎のカス男ぶりも、見事としか言いようがない。今年のベストワン、喬太郎人情噺の最高傑作だろう。

国本はる乃「忠治関宿」:義理人情の忠治ものをうたいあげる

5月3日、木馬亭浪曲定席。ゴールデンウィークで混んでいるかと思って早めに行ったら、そうでもなかった。目の前のホッピー通りは昼呑みで大盛況、並びのスイーツ店は大行列。木馬亭前では若手浪曲師・玉川絹華が必死で呼び込みをしていた。

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満面に笑みを湛えたはる乃の第一声が男らしい。「くだらない浪曲が続いたので、私が古典でぐっと締めてみせます」。まさに有言実行の舞台だった。侠客・国定忠治が、偽名を名乗って若い姉弟を助けた。20年後、赤城の山を追われた忠治を、ヤクザ兼捕り方の親分が見つけた。その親分の後妻があの時の姉で、弟が手先になっていた。忠治の関宿の立ち回り先を突き止め、乗り込んだ弟と忠治の対面。弟は船で忠治を逃がそうとし、忠治を慕う姉が手引きをする。それを知った上で見逃す親分。堂々の貫禄。

長い物語を演じるのではなく、印象的な場面を見事な節でうたいあげ、物語全体を浮かび上がらせるのが浪曲だと思っている。そのお手本のような舞台だった。他の出演者の名誉のために付け加えるが、「くだらない浪曲」は、もちろん、はる乃のシャレである。彼女の前に出た東家千春「落語の仮面」、天中軒すみれ「アニメ勧進帳」は熱演だった。

春風亭昇々「裸ンナー‼」:友情・努力・勝利の世界を全裸で完走

5月7日、よみうりホールで行われた「あかね噺落語会」初日夜の部。週刊少年ジャンプ連載の人気漫画「あかね噺」にちなんだ落語会で、東京4派プラス上方落語の団体から精鋭を集め、若い人たちを落語の世界に取り込もうという試みだ。

キレキレの新作派・春風亭昇々が何を演じるのか。「少年ジャンプといえば『友情・努力・勝利』ですよね。僕の持ちネタの中にも一本だけ、ありました!」。それが「裸ンナー‼」とは思わなかった。会社の給湯室からトイレまでの100メートルを素裸で走ろうと計画する田村くん。「無謀だ」「意味がない」「やって何になる?」と何度も悩みながら、「思い切って行け!」という同僚の励ましで、雄々しく立ち向かう。そして、見事に成功。だが、部長は田村くんの暴走計画を一目で見破っていた。「昔の俺と同じだな。でも、俺の方がタイムが早かった」――。

なるほど「友情・努力・勝利」と言えないこともない噺ではある。初めて落語を聴こうという若い観客に、全裸新作落語をぶちかますとは。それでも昇々はやり遂げた。そしてけっこうウケた。彼自身の中にある「友情・努力・勝利」に敬意を表すしかない。

笑福亭茶光「落語の起源」:ぶっとんだ新作を鳴り物で格調高く

5月14日、日本橋社会教育会館で行われた笑福亭茶光独演会。この2年間、「毎月新作のネタおろしをする」という荒行を自らに課している茶光。彼の新作をひとことで言えば、発想がぶっ飛んでいる、展開があり得ないほどバカバカしい、でも仕上がりは人情物語だったり、淡いラブストーリーだったり、壮大なスケールを持つ大作だったりする。

その中でも、「これはトリネタになる」と思われる近作が「落語の起源」だった。若手落語家が師匠の家で「寿限無」の稽古をしてもらう。家に帰って覚えたネタをさらおうとするが、ついうとうとしたかと思うと過去にタイムスリップし、山賊に襲われる。落語家だと説明してもわかってもらえない。考える間もなく斬られてしまう。目が覚めると元の時間に戻っている。また師匠の家に行って「寿限無」を教わる。帰って寝るとタイムスリップ。これが2年間も繰り返され、落語家は「寿限無」を完璧に覚え、落語の起源もわかるようになるが、山賊対策は成功せず、何をやっても斬られてしまう。後半、夢と現実の繰り返し、その切り替えがどんどん早くなり、鳴り物が入る。三味線とツケ。これで噺の格がぐんと上がった。

茶光はこの後、「公推協杯 全国若手落語家選手権」で「落語の起源」を演じて大賞に輝いた。現時点での茶光新作の代表が「落語の起源」なのである。

笑福亭べ瓶「地蔵の散髪」:老舗ホール落語で危険極まりない冒険

5月26日、よみうり大手町ホールで行われたTBS落語研究会。「僕がやりたいと言ったわけではありません。TBSからのオファーですから!」と、高座でべ瓶がくどいほど言い訳をしていた。それもそのはず、その夜のネタは「地蔵の散髪」なのだ。「密集する尻の毛をいかにして抜くか」がメインストーリー。キタナイにもほどがある上方落語である。べ瓶の師匠・笑福亭鶴瓶から「このネタ、東京ではやらん方がええで」とアドバイスされたという、いわくつきのネタだ。恐れ知らずの爆笑派、べ瓶でさえも腰が引けていた。

だが、演じてみれば面白い。「尻の毛を抜く」方法を冷静かつ真剣に伝授する兄貴分と、痛いし恥ずかしいし、どう考えてもやりたくない行為を、兄貴分を信じてやってのけるアホな男――。面白いには違いないのだが、このネタを歴史と伝統を誇るホール落語の老舗・TBS落語研究会の高座にかけていいものか。関係者の誰かが決めた危険極まりない冒険を、他の関係者の誰も止めなかった。老舗落語会の懐の深さというか。

結果、この日の高座では「地蔵の散髪」が明らかに一番ウケていた。舞台袖にいた他の出演者もお囃子さんもひっくり返って笑っていたらしい。「早く飛べ!」「飛ぶわ!」というクライマックスのセリフの繰り返しがいつもよりもくどく感じたのは、この日のトリの柳家権太楼が高座に上がるべ瓶に「たばこ吸ってくるから、なるべく長くやってね」とささやいたかららしい。

立川談春「岸柳島」:一本筋の通った語り口

6月3日、有楽町朝日ホールで行われた「談春塾2026」。人気実力派の立川談春は「チケットの取れない落語家」と言われて久しい。談春の落語の最大の魅力は、侍であろうと、商家の番頭であろうと、長屋の兄ちゃんであろうと、その身分、職業に応じて、歯切れの良い、胸のすくような語り口で聴かせてくれることだと長井氏は言う。

その意味で、「岸柳島」の悪役である若侍は、談春落語の申し子のような存在だ。侍は、自慢にしているキセルの雁首を船端でたたいた弾みに、川の中へ落としてしまう。高価なキセルは、花魁からの贈り物で、「俺はこんないいものをもらうほど惚れられているんだ」と見せびらかしていた。喧嘩は岸でしようと漕ぎ戻された船。桟橋に着くか着かないうちに船を飛び出し、くるりと2回転して船の方へ向かって「さあ来い!」という形の良さ。最後、川に飛び込んで、やがて船の側の水面に浮かび出る。「船底に穴をあけに参ったか?」と相手の田舎侍に問われ、「そんな野暮なことはしねえよ。落とした雁首、探しに来た」と返す。

この侍は、すべて一本、筋が通っているのだ。嫌な奴だが、江戸の粋に通じる美学を持っている。談春落語を一席聴くと後を引く。これがその理由である。

三遊亭円楽「座れない」:人気作家の書き下ろしをクールに

6月18日、新宿・紀伊國屋ホールで行われた「三遊亭円楽×中村文則」。人気作家・中村文則が書き下ろした新作落語を、円楽がネタおろしする。興味の中心は、どちらかというと暗い作風の中村がどんな落語をこしらえたのか、である。観客は事前に「座れない」という題名だけしか知らされていない。

ふたを開けてみると、ちゃんとした落語だった。現代設定であり、発想に独自性はあるけれど、大きく枠をはみ出すことのない滑稽落語なのである。座りたいけれど座れない電車の中に、いろいろな乗客が現れ、大小さまざまな事件が起こる。随所に中村のオリジナルギャグが散りばめられ、それに負けじと演者の円楽がベタなギャグを盛り込んでくる。

生ゴミ味の訳ありクッキー1万円。トイレットペーパー早食い大会に「シングル」と「ダブルロール」部門がある。「お前なんか、人の皮を被ったメロンパンだ!」。円楽がリアルに作りすぎて売れ残ったトートバッグを持つ女性。電車に飛び込んだ男がすぐ幽霊になって登場するが、すぐまた成仏し、蚊に転生して再び現世に現れる。一つひとつは訳のわからないギャグだが、これらが見事に繋がって一つの物語が出来上がる。円楽はもっと自分の味を出したかったのかもしれないが、クールな演技演出で、中村の物語世界を壊さない。

従来の枠組みを使いながら、これまでにない落語を作った中村と、そんな独特の世界を壊すことなく、自分らしい高座を全うした円楽。こうなると、第2作が大いに気になる。中村ならまた作ってくれると信じることにしよう。