タイトルに引かれて「80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間」(幻冬舎新書)を読んだ。本紙朝刊に小説「ファースト・ドーター、アンド…」を連載している林真理子さんの、話題のベストセラーである。
2年前に古希を迎えた林さんは、還暦は友人たちと盛大に祝ったのに、パーティーをすべて断った。「本当のババアになってしまったんだ」と気持ちが晴れなかった。何十年もの習慣で、雑誌をめくりながらお弁当を食べていると、肉団子が箸からころげ落ち、白いシルクのブラウスを汚してしまった。すぐに洗面所で格闘したが、汚れはとれない。70代になったら、今までと同じことをしていてはいけない。何かと決別しつつ新たなステージに向かわなくてはいけない。肉団子の啓示が執筆の動機という。
70代はボリュームゾーン
日本人の人口が42年ぶりに1億2000万人を割ったとニュースになったが、65歳以上の高齢者が3割を占め、なかでも戦後のベビーブーム世代の70代がボリュームゾーンだ。僕もその一人である。
ペットボトルのキャップが急にきつくなった。飲料メーカーに文句を言おうと思ったが、握力が弱くなったのだ。「世間が変わったのではない。自分が老いたということを知るべし」老化は歯からやってくる。イタリアンのタコがかみ切れず、ナプキンで口を覆ってすばやく出す。「いつまでも白いTシャツが似合うあなた」は幻想で、首の縦ジワが老いの現実をありありと見せる「イタい」アイテムになった。いちいち思い当たる。
ねたみ・そねみを避ける
「ねたみ・そねみの底に沈んではいけない」も心したい。林さんは4年前、不祥事で揺れた母校の日本大学の理事長に就任した。ところがまた、アメフト部の違法薬物事件が発覚し、バッシングの矢面に立たされた。ネットのコメント欄を読んで、「よくも知らない人間のことを、よくこれだけ悪様(あしざま)に言えるものだ」と思った。ねたみ・そねみは自分がみじめになるだけだろう。
高校時代の友人と会って、年金暮らしと働いている人とに、外見からして差を感じたという。「もう働くのはいいかな」と隠居生活もいいが、今の時代、働こうと思ったら仕事はあるはずだ。70代はまだまだ選択ができる。
クッキーの比喩
作家仲間でするクッキーの比喩が面白い。<クッキーがベルトコンベアでゆっくり進んでいく。やがて焼き上がると下に落ちていく。途中で不良品でハネられることなく、ゆっくりと進んでいく我ら七十代のクッキー。しかし落ちていく時はもうじきだ。わかっているが仕方ない。>そしてこう締めくくる。<それまで精いっぱい生きていくしかない。落ちた後は、「ああ、おいしいクッキーだったね」と何人かが思い出してくれる人に、私はなりたい。>



