ハゼ釣りが導いた浦安移住
「釣りバカ日誌」の原作者として知られるやまさき十三さん(本名・山崎十三)は、ハゼ釣りをきっかけに千葉県浦安市へ引っ越した。当時、映画監督を目指して早稲田大学第一文学部に進学したが、のんびりした性格で就職活動に失敗。留年を経て映画会社の助監督となったが、厳しい現場に直面する。
映画業界での苦闘と転機
映画会社の試験は約2000人の中から数人の採用という狭き門だったが、フリーの契約助監督として働き始める。「監督からはどなられ、きれいな女優さんからは相手にされず、仕事は忙しくて徹夜も日常茶飯事」と振り返る。それでも好きな仕事とあって悲観せず、テレビドラマの脚本も手がけるようになり、会社からテレビ作品の監督の打診を受ける。しかし、同時に労働組合の委員長として処遇改善を求める交渉に立ったことが影響し、監督の話は立ち消えに。訴訟に発展した争いは5年に及んだ。
ペンネーム「やまさき十三」の由来
「売れっ子監督になれる保証も才能もないし、潮時かな」と語るやまさきさんは、結婚して妻子を支える必要もあり、30歳代前半で映画の世界を離れることに。会社との争議では仲間が次々と去り、最後まで残ったのは自身を含め13人。ペンネームの「やまさき十三」はこの人数にちなんでいる。



