宮本茂氏、文化勲章受章で会見「ゲームを遊ばない人にも興味を」…クッパの裏話も
宮本茂氏、文化勲章受章で会見…「ゲームを遊ばない人にも」

2026年度の文化勲章受章者に23日、ゲームプロデューサーで任天堂代表取締役フェローの宮本茂氏(73)が選ばれた。メディア芸術のゲーム分野としては初めての選出となる。京都市の任天堂本社で開かれた記者会見の主なやり取りは次の通り。

ゲームの立ち位置と原点

社会でのゲームの立ち位置について、宮本氏は「子どもの頃、任天堂は盤ゲーム(ボードゲーム)を作っており、お正月になると遊んでいた。その後、ビデオゲームを作るようになり、みんなが暮らすリビングの中心にゲーム機があった。それが任天堂らしいと思って作ってきた」と振り返った。

その上で「ゲームをする人たちのためだけではなく、ゲームを遊ばない人たちにも興味を持ってもらえるものを作り続けようと思って仕事を進めてきた」と語った。

「26、27歳ぐらいにゲームを作り始めた。その頃は、同世代にゲームをする人はいなかったが、しばらくすると、お父さんがゲームを遊んで育った世代になり、気がつくとおじいさんも遊んだ世代になった。親子3世代がゲームを知っている状態になり、それを文化としてみようじゃないかと言ってもらえるのはありがたい」と述べた。

苦労と転機、生成AIへの考え

印象に残っている苦労や転機については、「『ゲームキューブ』から『Wii』に移った時が、悩みの時期だった」と明かす。ゲーム機が進化しプレーヤーのレベルが上がる中、ゲームをする人としない人の間に「ついたてが立っている」と感じるようになったという。コントローラーが複雑になり、初めて触る人が近寄りがたくなっていたため、Wiiや『ニンテンドーDS』でシンプルな形に置き換えようとした。「3世代にわたってゲームに触れるようになり、ゲームが日常の中に溶け込んでいったと思う」と語った。

また、「ゲームを作ることだけに集中していたわけではなく、インタラクティブ(双方向的)なメディアが面白いと思ってきた。自分が何かをすると、相手が何かを返してくれる。試行錯誤を繰り返しているうちに気がつけば楽しい時間が経っていた、そうなれば理想だと思っていた」と述べた。

生成AIとゲームについて、宮本氏は「僕らの時代はコンピューターが登場し、タイプライターからワードプロセッサーへ、道具が進化していった。文字や絵をきれいに描いてくれる(モノの)技術の部分が進化すると、そこで初めて、(デザイナーの)レイアウトのセンスや個人の能力が表に出てくる」と語った。

「ものを作ることと作業することは分けている。作業は楽しく、作っている満足感があるが、怖いのは良いものができた、と勘違いすることだ。コピペするだけではずっと残るものにはならない。AIが作業をしてくれるようになればなるほど『本当に作るとは何なのか』を真摯に考える機会になる」と述べた。

今後の活動と開発の裏話

今後の活動については、「映画は作らない、と昔は強がっていた。次にどんなゲームを作るか分からないのに、色んな設定をしてしまうと不自由になると思っていたからだ。だが、長年やっているとゲームを遊ばなくてもキャラクターが大好きというだけでファンになってもらえると思うようになり、自分たちで作ろうと映画制作を始めた」と説明。「今は映画作りに夢中になり、映画のプロと一緒にやっているが、自分でどれぐらい作れるかを試したい。テーマパークも始めており、キャラクターをたくさんの人に見てもらえる場を作ろうとしている」と語った。

「子どもの頃から自分が作ったものを誰かに見せて『おっ』と驚いてもらうのが楽しみだった。意欲のある間は色んなことを試し、驚かせたい」と述べた。

若いゲームクリエイターに伝えたい心構えについては、「何かをベースに改良するよりは、『こんなことをしたら面白いんじゃないか』を基に一生懸命作り上げていくほうがきっと楽しいし、やりがいがある」と語った。

ゲーム開発の裏話として、「『スーパーマリオブラザーズ』は、ゴールまで走って行っても、『クッパ』と戦わないことが1番の発明だ。普通はゴールにボスがいたら戦わないといけないが、戦いを作るのが大変だった。そこで右に走っていくゲームだから、戦わずに飛び越して、一番右に行けば勝ちでどうだと思った。それに気づいたときはすごくうれしかった」と明かした。