終戦後、歌舞伎町周辺で移転をくり返しながら営業してきた食事処「ひょっとこ」(撮影:梅谷秀司)。庶民的なイメージがあるのり弁だが、ひょっとこのそれは、ハレの日のごちそうでもある。店で定食を注文した客が、ご飯を「のり弁のご飯」にして、小さな贅沢を楽しんでいることもよくあるという。
作り立ての煮物。酒のあてにもピッタリ(撮影:梅谷秀司)。この中からどれにしようかと迷いながら選ぶのも、客たちの楽しみだ(撮影:梅谷秀司)。
騙され、無銭飲食してしまったホームレス客が…
70年以上の歴史の中で、さまざまな事件があったと文江さん。真っ先に思い出すのは、とあるホームレスの方のエピソードだ。
あるとき、たまに来る男性客が、その辺で知り合ったらしいホームレスを連れてきた。男性は「俺が払うから」と酒や料理を勧め、ホームレスはご相伴にあずかった。だが男性は、電話をしてくるからと外に出て、そのまま戻ってこなかった。お会計は5000円で、ホームレスに手持ちはない。
店にいたおばあちゃまと文江さんは、気の毒に思い、お代をもらわずに帰したという。すると6年後。「『お母さん、あのときのお金を払いに来ました』って、そのホームレスの方が来たんですよ! 聞いたら、新宿西口で屋台を始めて、お金ができたそうで。いや、その気持ちだけでありがたいからいいよ、仕事が見つかってよかったねー、ってことがありました」
食事に来たヤクザから、「これから指を詰めるんです」と打ち明けられたこともあった。ぼったくりの客引きを、「悪いことをしたらダメだよ」と諭したことも。心の底から悪い人はいないと思う、と文江さんは続ける。「お店に来て、『お母さん、お母さん』って言ってくれて、うれしいですよね。ここではみんな、いい人なんです。『ごめん、のれんをしまってくれる?』ってお願いしたら、手伝ってくれるしね」
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