ファッションデザイナーの菊池武夫さん(87)は、戦争のただ中で幼少期を過ごした、数少ない現役のファッションデザイナーだ。「戦争って、そんなに起こらないと思うじゃん。でも、実際には簡単に起こりえる。戦争をやる気のある権力者がいたら……」と語る。
5歳で経験した東京大空襲
菊池さんは5歳だった1945年、東京大空襲を経験した。当時暮らしていたのは、現在の東京都千代田区富士見。暁星学園のすぐ裏手だった。自宅の庭には防空壕が掘られ、近所の人が避難してくることもあった。
幼い菊池さんは肋膜にうみがたまる大病を患い、手術を受けて1年近く寝たきりだった。「寝たままの僕を、親が防空壕に出したり入れたりしていた」と振り返る。
「外に出たら、もう焼け野原」
周囲には焼夷弾が降ったが、菊池さんの家は不思議なほど被害を免れた。「外に出たら、もう焼け野原。ちゃんと残っている家なんて、ほとんどなかったんじゃないかな」と話す。
もっとも、当時の菊池さんにとって、戦争そのものが最大の恐怖だったわけではなかったという。「僕は寝たまんまだったから。戦争の恐怖より、その前に自分が死にそうになっていた。だから、あんまり戦争の怖さを実感していなかったのかもしれない」と語る。
逃げることさえできない。「本当に運命っていうか。何かで助かるか死ぬか、どっちか」と述べた。
今も覚えているB29の音
3月10日の大空襲だけではない。戦争末期の東京では、空襲警報が「週に何度も」頻繁に鳴ったという。菊池さんは、今もB29の音を覚えている。
右翼だった父は「日本は絶対負ける」と断言していた。日本の戦闘機は、小さく高い…



