毎年夏、西新宿で開催される「新宿三井ビルディング会社対抗のど自慢大会」。“会社員の夏フェス”“西新宿のサマソニ”とも呼ばれるこの大会に出場するのは、このビルで働くワーカーたちだ。そして、この大会に10年間通い続け、丸3日間ほぼすべてを現地で見届ける、熱烈なウォッチャーがいる。
このビルで働いたことは一度もない彼が、なぜそこまで惹かれたのか。大会を追い続ける小僧さんに、三井ビルのど自慢と過ごした10年間を振り返ってもらった。
働いたこともないオフィスビルが、僕の“拠点”になった
僕が「新宿三井ビルディング会社対抗のど自慢大会」を見始めて、今年で丸10年になります。あのビルで働いたことも、取引先であったことも全くないのですが、ここ数年は、開催される3日間は計24時間程度この敷地内に居住していて、ちょっと自分でもどうなのか……と思ってはいます。
今では同じように現地に熱心に通うファン仲間との交流や、大会出場者やレジェンドの方々ともやりとりが生まれ、何と言うか、このビルが自分の拠点の1つになりつつあります。時折、通勤帰りにふらっと立ち寄って、ターリー屋やとん、ロイヤルホストで食事をすると、出場者とばったりお会いすること、お見かけすることもしばしば。
学生の頃には「大人になったら馴染みのバーで、偶然知り合いに会うみたいなことがあったりするのかな」とイメージしていたものの、下戸の自分には縁のない世界。まさか、働いてもいないオフィスビルで似たようなことになるとは、人生わからないものです。
10年前の“マクロミル尾崎”のステージが始まり
大会に通い始めたきっかけは、Twitter(現X)で、音楽ライターの下井草秀さんや、イラストレーターのしまおまほさんの投稿を見かけて、面白そうだなと思っていたタイミングでした。すでに何度か通っていた友人が誘ってくれたのが10年前、2016年の第42回大会。そこで僕は、この大会の伝説として語られている、「マクロミル尾崎」に出会ってしまったのです。
今と違って前情報もないまま、ユルく見ていた僕の眼前に白Tとジーパンの男性が登場し、司会が「尾崎豊 卒業」と曲紹介をする。マクロミルという会社の名前すら当時の僕は知らなかったので何の会社かもわからず、しかも尾崎豊自体、あまり通ってきていないので、そこまで強い関心で見始めたわけではありませんでした。
ところが、そのステージで繰り広げられたパフォーマンスは僕をどんどん惹きこんでいきました。生の尾崎豊を見たことはないけれども、少なくとも人を惹きつける能力という意味ではこういうものだったんじゃないか? と思わせるほどの圧倒的なパフォーマンス。隣で見ていたお姉さま方は半狂乱で、「尾崎~!! 尾崎~!!」と、あたかも本物がステージにいるかのように叫んでいる。
でも、それもわかるんです。そういう気持ちに僕もなっている。そこまで心酔していたわけでもない尾崎豊を僕は今心底感動しながら見ている。でも、ステージにいるのは調査会社のサラリーマンなわけで。
この瞬間、僕の中で明確に何かが変わりました。この気持ちは何なんだろう? プロフェッショナルのパフォーマンスではないのに、なぜ僕はこんなにも心から笑い、泣いているんだろう。この気持ちの理由を探りたくなりました。以来、僕は三井ビルのど自慢に通い続けています。
「尾崎死なないで!!」帰ってきたレジェンド
2019年の第45回大会でもう一度、マクロミル尾崎がこのステージに立ちました。三井ビルのど自慢には、「3位以内に入ると5年出場不可」というルールがあります。第42回大会で3位に入ったマクロミル尾崎は、そのルールゆえしばらく出場できていなかった中、「0と5が付く回はそのルールが免除される」という、いわばスペシャル回。その第45回で、満員の会場のとてつもない期待を背負いながら、彼は第42回の時以上のパフォーマンスを見せたのです。
ステージの縁に突然座り込むだけで上がる大歓声、自らシュレッダー紙吹雪を掴み、頭の上からばら撒くムーブ、大サビに合わせてのスライディング、パタリと倒れ込んだ時には客席から「尾崎死なないで!!」という悲鳴にも似た絶叫。圧巻のステージでした。
その後、マクロミルはコロナ禍に新宿三井ビルを退去したため、彼が再びこのステージに立つことはありません。つまり、この日が最後のステージ。優勝ではなく2位だったのも、「僕はずっと三井ビルのど自慢を“卒業”できない」と言っているような、いつか何かの形で帰ってきてくれるんじゃないかと思わせる終わり方で、なんだかファンとしては悲しくも嬉しくもあります。
僕にとって「推し」と呼べる人は何人かいるんですが、その一人が間違いなくこの「マクロミル尾崎」です。芸能人でもなく、定期的にパフォーマンスを見れるわけでもない、でも僕の心に大きく刺さったままで、「思い出の他に何が残るというのか」僕もわかりませんが、こんなに時間を経過しても今もずっと楽しめる思い出以上にたいせつなものなんてないよなと、とてもありがたく。彼と、運営の皆さんに今も心から感謝しています。



