甲斐市に小さなライブハウス「鹿」開館、古里盛り上げる初鹿さんの挑戦
甲斐市にライブハウス「鹿」開館、古里盛り上げる初鹿さんの挑戦

甲斐市に4月、小さなライブハウスがオープンした。県内出身の女性館主が「古里を盛り上げたい」との思いを込めて作り上げた空間は、音楽好きが一体になって演奏を楽しめる場所として、多くの人を魅了している。

8月22日午後、同市大下条の「ライブハウス鹿」では、男女4人の高校生バンドが奏でる爆音に合わせて、約40人の観客が体を揺らしていた。会場脇で照明器具を操るのは館主の初鹿利佳さん(36)だ。初々しくも懸命に演奏する高校生たちの姿に、「この子たちもだんだん上手になってきた」と目を細める。

音楽への目覚めとライブハウスへの思い

旧増穂町出身の初鹿さんは、3人きょうだいの末っ子として生まれた。バンドに興味を持ったのは高校2年の時。五つ離れた兄がギターボーカルを務めるバンドのライブを甲府市のライブハウスに見に行き、初めて経験する大音量を「浴びる」ような迫力に魅了されたという。その影響から自身も高校の友人とコピーバンドを組むなどしているうちに、「音楽で人を救いたい。バンドもやりたいし、ライブを支える『裏方』にも興味がある」と将来を思い描くようになった。

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高校卒業後は、コンサート制作を学べる東京都八王子市の専門学校に進学。コンサートやイベントを開催する際のタイムスケジュール管理など、運営のノウハウを学んだ。

古里・山梨での開店までの道のり

転機が訪れたのは、専門学校在学中の2009年12月。同市のライブハウスで勤務を始め、複数のバンドに声をかけ、イベントを企画する「ブッキング」を始めたことだった。交流のなかったバンド同士が仲良くなったり、何度も出演してもらったバンドのパフォーマンスが成長したりしていく様子をみているうちに、「自分がやりたかったのは、狭くても人同士の距離が近いライブハウスだ」と考えるように。その場所として選んだのが、古里・山梨だった。

初鹿さんが高校生だったころには、県内のライブハウスに有名なバンドがツアーで訪れることも多かったという。だが、近年はそうした機会もめっきり減ったといい、「自分のライブハウスで、山梨に有名なバンドを呼んで、ライブを開きたい。大好きな地元を盛り上げたい」と、県内でオープンに向けた準備を始めた。

大音量を伴うライブハウスという特性上、物件探しには苦戦したが、3か月間懸命に探した末、もともとダンススクールだった今の物件にたどり着いた。更衣室はバーカウンターに造り替え、新たに防音仕様の壁を設けるなどして、収容人数100人のフロアを作り上げた。ライブハウスの名前は、自分の名字から1文字を取って「鹿」とし、今年4月、ついに夢だった自身のライブハウスをオープンさせた。今では毎週末にライブが行われているといい、中学生から高齢者まで幅広い世代が店を訪れている。

新たな夢と老舗ライブハウスからの贈り物

開店から半年がたち、初鹿さんには新たな夢が出来た。それは、自身の店から県内出身のバンドを育て上げていくことだ。今は県内で活動するバンドの数が少ないため、イベントを開く際に、ブッキングで苦労することもあるといい、店を訪れる高校生や大学生らに、バンド活動に関するアドバイスを送るなどしながら、徐々に「未来のスーパースター」を育成し始めている。「将来的には鹿を拠点にしていた新しいバンドに世に出てもらって、山梨を盛り上げてほしい」。きょうもライブの裏方を務めながら、そう願っている。

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鹿の店内には、東京都目黒区の伝説的な老舗ライブハウス「目黒鹿鳴館」(現在は再開を目指して一時休館中)から譲り受けた防音扉が備え付けられている。1980年に開店した同館は、「LUNA SEA」や「ザ・イエロー・モンキー」など著名なバンドが出演していたことで知られるが、昨年12月にはビルの老朽化のため一度、閉館を決めていた。これを知った初鹿さんは、同じ「鹿」の文字が店名に入っていたことから、鹿鳴館側に連絡をとってみたところ、「取りに来てもらえれば譲ります」と返信があったという。購入すれば数百万という高価な防音扉。今では鹿の名物にもなっており、「この扉を見ただけで泣き出してしまう方もいます」(初鹿さん)という。目黒鹿鳴館は取材に対し、「廃棄してしまうにはもったいないので、喜んでいただけるならとお譲りしました。新しくスタートしたライブハウスの名物となっているのは大変うれしいです。末永くかわいがっていただければと思います」とのコメントを寄せた。