昭和初期の華やかな着物姿の女性から、工場で軍用機を組み立てる女性へ――。婦人誌「主婦之友」の表紙の変遷を通じて、戦争が人々の生活を徐々に変えていった過程をたどる企画展が、鳥取県若桜町の「若桜郷土文化の里 たくみの館」で開かれている。
収集家が語る収集のきっかけ
展示品を提供したのは、同町の公務員・清水章宏さん(64)。清水さんは、当時の世相や国民の意識の変化を知るため、5、6年前からインターネットオークションなどを通じて婦人誌を集めてきた。そのコレクションから、1928年(昭和3年)から1945年(昭和20年)までの約50冊を展示している。
表紙に映る時代の影
昭和初期の「主婦之友」の表紙は、華やかな着物姿でほほえむ女性が描かれ、内容も新築住宅や夫婦円満の秘訣といった特集が中心で、戦争の影はまったく見られない。しかし、1937年に日中戦争が始まると、農作業姿の女性が登場するようになる。1938年11月号では、手ぬぐいで髪をまとめた笑顔の女性が稲穂を抱え、横に「良い子強い子 御国の力」の標語が記されている。
太平洋戦争に突入すると、配給品で作る栄養食の紹介や防空態勢に関する座談会が掲載されるようになり、1943年4月号からは女性の笑顔が完全に消えた。代わりに「アメリカ人を生かしておくな!」など、米国を敵視する表現が目立つようになる。
終戦間近の誌面の変容
終戦が近づくと、表紙は工場で軍用機を組み立てる女性の姿に変わり、1945年4月号には「一億特攻の生活」の見出しが躍る。物資の統制と不足に伴い、紙質も劣化。ページ数も1936年1月号の約650ページから、1945年6月号では36ページに激減し、表紙もモノクロで女性の絵も粗くなっている。同号の見出しは「本土決戦 勝利の防衛生活」である。
来館者へのメッセージ
清水さんは「戦争が少しずつ人々の暮らしに忍び寄り、日常になってしまった様子がわかる」と話す。その上で、「戦争は遠い世界の話ではない。今の暮らしでも、似たようなことが起きていないか。その感覚を持ちながら、展示を見てほしい」と訴える。会場では実際に「主婦之友」に触れて読むことも可能だ。
関連展示と開催情報
会場には、戦地の兵士に送る手紙や品物を入れる慰問袋、慰問袋用品を販売していた丸由百貨店(鳥取市)の広告なども並ぶ。開催は8月2日まで、午前9時~午後5時、月曜休館(ただし7月20日は開館、21日は休館)。7月25日と26日の午後1時半からは、清水さんらによるギャラリートークが予定されている。入場無料。問い合わせはたくみの館(0858-82-0583)。



