阿波踊り、あすから徳島で開幕 起源や「3大主流」を解説
阿波踊り、あすから徳島で開幕 起源や「3大主流」を解説

徳島市の夏の風物詩、阿波踊りが11日から始まる。名前に「阿波」とある通り発祥は徳島だが、今では東京・埼玉・神奈川の1都2県だけでも30カ所以上で行われ、盛り上がっている。そもそも、阿波踊りって何?

阿波踊りはいつ始まった?

徳島市のシンボル、眉山のふもとにある阿波おどり会館では、複数の説が紹介されている。阿波を支配していた十河存保が1578年、居城の勝瑞城(現・徳島県藍住町)で上方から風流踊りの一行を招いたとする「風流踊り起源説」▽1587年、蜂須賀家政による徳島築城の祝賀行事を始まりとする「築城起源説」▽先祖供養の盆踊りを起源とする「盆踊り起源説」。

ただし築城起源説は「明治時代の中頃に突如指摘されたもので、裏付ける史料は見つかっていない」と少し旗色が悪いようだ。いずれの説でも400年以上、人々に愛されてきたのは間違いない。

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昭和初期になると、徳島商工会議所が主体となってパンフレットを配ったり、宿代を割引したりして、観光化が進んだ。「阿波踊り」の名称が広まったのも、このころ。三味線の名手「お鯉さん」こと多田小餘綾の「阿波よしこの」も1931年に収録され、「アーラエライヤッチャ」という出だしが評判となり、知名度を上げた。

戦争の影響で開催できない時期もあったが、46年に早くも再開。50年代には、後の演舞場につながる大規模の会場がつくられた。70年の大阪万博で披露されると、現在に通じる「見せる踊り」への流れが定着していった。

「連」「3大主流」とは?

阿波踊りのグループは「連」と呼ばれる。企業や学生がつくる連もあり、その数は千を超えるといわれる。

踊りは連ごとに違っているが、その踊りの多くは、のんき連の「のんき調」、娯茶平の「娯茶平調」、阿呆連の「阿呆調」のいずれかをベースにしていることが多い。この三つの連の踊りが、阿波踊りの「3大主流」と言われている。

「のんき調」は背筋を伸ばして顔をあげて踊るのが特徴の一つ。まわりの観客と目をあわせ、見ている人と踊っている人が一緒に楽しむことをモットーにしている。

「娯茶平調」は、ゆったりした「ぞめき」(お囃子)とタメのある動きが特徴。男踊りは腰を低く落とし、地をはうように進む。漁師が網を打つ動作を取り入れた「網打ち」も娯茶平から始まった。

「阿呆調」はリズミカルな跳ねるような動きで、「暴れ踊り」とも呼ばれる。片手でちょうちんを持って踊るのは、阿呆調の見せ場の一つ。3大主流の中では最も激しい踊りだ。

3大主流の特徴を三つとも取り入れたり、いずれにも当てはまらない踊りを披露する連もある。

現在ある連の中で最も古い「のんき連」は1925(大正14)年に結成された。9代目連長の近藤雅人さん(56)は、高校1年生のときに地元紙の募集広告を見て、のんき連に入った。最初は「ちょっと1回やってみたい」という程度だったが、すぐに夢中になったという。

「『うまいな』と声をかけられたり、うちわであおいでもらったり、踊っている楽しさを伝えられると、お客さんのテンションが上がるのがわかる。日常では味わえない感覚がやみつきになった」。気がつけば40年も阿波踊りを続けている。

東京・高円寺など徳島以外にも広がっている

阿波おどり会館には「全国60カ所を超える」と掲示されている。

地図を見ていると、一つ疑問が出てくる。徳島県をのぞくと、開催場所が関東周辺に偏っているのだ。徳島県東京本部が2024年に調べたところ、東京、埼玉、神奈川だけで33カ所もあった。

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