「スモーキングルーム」第311回では、蝙蝠(こうもり)が自分の髪に触れ、靴墨を塗ったように黒くべたべたしていた髪が白髪交じりになり、干し藁のように乾いていることに気付く。巻き髭の先も力なく垂れ下がり、老け込んだ印象を受けたのは髪のせいだと分かる。
金ボタンが「櫛と手鏡はどうした。肌身離さず持っていただろう」と尋ねると、蝙蝠は胸の辺りに手を伸ばす。胸ポケットがないことに気付き、忌々しそうに舌打ちし、「こんなたるんだ寝巻きを着ていたら腐っていくだけだ」と漏らす。
金ボタンが「ホテルの制服を持ってこようか」と口の端で笑うと、蝙蝠は笑わず、「ホテルの奴らは私がいなくなってせいせいしているだろうな。美丈夫と煙が好き放題やっているんじゃないのか。どうせ私が邪魔になったから、ここに放り込んだんだろうさ」と語る。
金ボタンの問いかけ
金ボタンは腫れぼったくなった蝙蝠の目を覗き込み、「本気で言っているのか。あの美丈夫がそんなことをすると思うか?」と問う。蝙蝠は目を逸らし、くぐもった声で「いや」と答える。
蝙蝠は「よく、見舞いに来てくれる。美丈夫くらいだ、頻繁に顔を見せてくれるのは。あいつはいつも親切で明るい。けど、ここにいると、頭からつま先まで正しくて健康的な奴を見ると卑屈になるんだ」と本音を明かす。
金ボタンは脚を組み、「あんたは前から卑屈だけどな」「あんたとは矜持も信条も美意識も違うが、俺はあんたが嫌いじゃない。美丈夫だって、他の奴らだって、きっとそうだ。見舞いにこないのは単に忙しいからだ。ホテルは次々に客がやってきて、次々に去っていく。切れ目がない。気付けば時間が経っている」と語りかける。
先輩への感謝
蝙蝠は遮るように「知っている。お前より長くいるんだ」と言う。金ボタンは「そうだったな、先輩」とシガレットケースを取り出し、パチンと軽快な音を立てて開け、「俺と襟巻きを取りたててくれたのは、あんただった。感謝している」と述べた。



