金ボタンは手巻き式の腕時計を外した。時刻はこれから向かう国に合わせてあった。これを煙に預けてくれ、と言うつもりだった。口をひらきかけ、昨夜、煙が言ったことを思いだした。どこか解放されたような心地。そうか、と思う。あの無神経そうに見えたザックは煙のために石を渡したのか。煙が遺失物に縛られず、自由に自分の道を進めるように。
「どうした」と美丈夫が金ボタンを覗き込む。「なんでもない」と金ボタンは言い、腕時計をつけなおした。
美丈夫からの贈り物
美丈夫は慈愛に満ちた目で金ボタンを見つめると、「君は十代の頃から気をまわしすぎるきらいがある」と笑った。
「ホテルマンだからな」と金ボタンはにやりとする。
美丈夫は自分の中折れ帽を脱いで、金ボタンの頭に被せた。「やや時代遅れのデザインだが質はいい。持っていってくれ」
「ありがとう」
金ボタンは素直に言い、「あんたのこと、父親みたいに思っていた」と腕をひろげた。金ボタンと美丈夫はお互いの背中を叩きながら抱き合った。
空港での別れと煙の幻
空港は無機質で機能的で、装飾のない天井はホテルのそれより高く思えた。音が反響する。金ボタンは手続きを終えると、灰色の滑走路をぼんやりと眺めた。
煙草に火を点け、息を吐く。ゆっくりと一本吸い終えて、搭乗口へ向かおうとすると、すれ違った女性がハンカチを落とした。
金ボタンは素早く床に片膝をつけて拾い、「失礼」と女性に声をかけた。
その時、目の端に男性の姿が見えた。無駄のない優雅な身のこなし、流れるような手の動きに、ぶれのない上半身。
煙。
声がもれた。
「あの……」
戸惑いを含んだ細い声が聞こえて、金ボタンが我に返ると、若い女性が振り返っていた。「失礼しました。こちら、落とされましたよ」とハンカチを手渡す。慌てて礼を言う女性に笑いかけながら、その顔が頭に入ってこない。女性が去ってから横を向くと、天井までのガラス窓に自分の姿が映っていた。



