「ずっと気になっていたことがある」と金ボタンは言った。「どうして、この部屋はいつも鍵がかかっていないんだ」
煙は音をたてずに椅子を引き、「必要ないからです」と短く答えた。「彼の頃からそうでした」
誰にでも開かれた部屋
「知ってる。針金の部屋に好んでやってくる奴なんていなかったから、確かに必要ないんだろうけど、仮にも総支配人の部屋だったのに。貯蔵室だって、がらくただらけの物置部屋だって、いつも鍵がかかってるんだぞ」
「ジャム瓶は時折、突撃してきましたよ」
「お前がいたからだろ」
煙は少しだけ笑みをもらした。「ここは誰にでも開かれていなくてはいけない部屋なんですよ、ホテルのように。それに、この部屋で最も大切なものは、いつもわたくしが携帯していますから」
鍵束の意味
鍵束を取りだす。無数の金属が触れ合って音をたてる。「一応、この部屋の鍵もここにあるのですよ」と煙は微笑み、金ボタンはまた「知ってる」と言った。
鍵束にある全ての鍵を、煙も金ボタンも知っていた。装飾も施されず、部屋番号も記されていない、この部屋の鍵のような素っ気ない鍵は何本もあったが、二人が間違えることはなかった。そして、鍵と共にホテルの隅々まで二人は知っていた。針金がそうであったように。
夜の巡回
煙と金ボタンは、シャンデリアが煌めく静かな夜のホテルを歩いて、客室以外の部屋のひとつひとつを確認し施錠していった。
寝静まった客室階の赤い絨毯を進み、「鳳凰の部屋」の前で金ボタンは口の端で笑った。「俺が初めて入った客室だ」
「人目を忍んで、ですけどね」と煙も笑う。
戦前に老医師が好んで泊まっていた「診察室」の前では、煙が口をひらいた。「あなたとの遠出を勧めてくれたのは老医師だったのですよ」
「へえ」と金ボタンが口笛を吹く真似をした。「こんなにも一緒にいて知らなかったことがあったとはな」



