昨年出版したのは「崩壊 小説 国際流通グループヤオハン もう一つの姿」。ヤオハンは、熱海の青果店から世界に雄飛したチェーンストアだ。和田一夫氏(1929~2019年)が築き上げ、1971年にはブラジルに日本の流通業として初の海外進出を果たした。香港やシンガポール、アメリカなどにも販売網を広げたが、1997年に拡大路線が行き詰まり経営破綻した。その後、イオンの支援を受け、「マックスバリュ東海」が後身となっている。
小説は、カリスマ経営者が海外に送り出した企業戦士やその家族といった「地上の星」たちに光を当てたオムニバス形式だ。創業家の家族と長年の交流がある中尾さんは、執筆にあたって未完の社史や社内報などを読み込み、元駐在員らへのインタビューも重ねた。「経営破綻で突然消滅した職場を眼前に何を思い、受け止め、その後の人生をどう切り開いていったか」を描いたという。
人物描写のリアルさ
「ヤオハン」以外の実名は登場せず、人物はモデルがいてもすべて創作だが、出版後には「あの人のことは知っている」「私のことを書いてくれた」といった反響が相次いだ。それだけ人物描写がリアルだったということだろう。
ロシアとの架け橋として
「好奇心が原動力」と語る中尾さんは、1993年にソビエト連邦崩壊後のモスクワを訪れた。社会主義から自由主義への移行で混乱する現地を自分の目で見たいと思ったからだ。その後は何十回とロシアに渡り、日本とのビジネスを仲立ちしたり、日本企業の進出を手助けしたりしてきた。「ロシアの人は中庸にいない。上か下か、極端に振れて、そこが居心地がいいという。何回行ってもよく分からないけど、面白い人たち」と笑う。
最初の著作「ロシアン・ビューティー ビジネス体験から覗いた美の世界」がきっかけで沼津市戸田に招かれ、小説「つるし雛の港」を執筆した。1854年、日露和親条約の締結のために訪れていたロシア軍艦が安政の大地震と津波で沈没。乗組員と戸田の船大工たちが西洋式帆船を完成させ、ロシアへ帰還を果たした歴史を背景にした時代小説だ。ウクライナ侵攻に伴う制裁から日ロ関係がおかしくなっている今、ロシアの若い人に読んでもらいたいと、ロシア語での出版もライフワークの一つとして取り組んでいる。
熱海から御殿場へ
今年3月、20年住んだ熱海から御殿場に居を移した。転居を機に、大阪市にあるアートギャラリー運営にも携わる。「ひたすら働いてきたけど、今は自己表現というのか、文化的な仕事もやりようによっては面白いかな」と話す。仕事への意欲も好奇心もなお盛んだ。
浜松市出身で、ロシア文学にひかれて天理大でロシア語を学んだ。卒業後は商社などで貿易実務に携わり、30歳で独立。海外情報収集や市場調査、契約支援などを業務とする会社の代表を務める。還暦を迎えてから執筆活動を始め、熱海や伊豆にまつわる小説やエッセーを書いてきた。2011年から中尾ちゑこのペンネームで小説やエッセーを執筆している。



