俳人の坪内稔典氏(柿衞文庫理事長)が、自身の一族を率いた叔父・軍兵衛への思いを綴った。
一族のリーダーだった軍兵衛叔父
軍兵衛は母の弟で、一族の長のような存在だった。坪内氏が高校に入学した際の保証人を務め、結婚の段取りも進めた。冠婚葬祭の取り仕切りはすべて軍兵衛叔父の仕事だったという。
叔父は郵便局長を務めており、坪内氏の父はその下で働く局員だった。他にも数人の親戚が郵便局員として働き、一族で郵便局を営んでいた。
脳溢血で寝たきりに
しかし軍兵衛叔父は脳溢血で寝たきりとなり、話すことはできなくなったが、目の動きで意思を伝えた。坪内氏が子連れで帰省し枕元に伺うと、叔父は目をくるくると動かして喜んだという。
ずんぐりと小柄ながら、きびきびと歩いた軍兵衛叔父。坪内氏は「トシクン」と呼ばれていたが、もしかしたら彼に憧れていたのかもしれないと振り返る。軍兵衛叔父のように周囲の人々に信頼される人になりたいと思っていたという。
現代における一族の絆
残念ながら、坪内氏は軍兵衛叔父のようにはなれなかったと述べる。佐田岬半島の郷里を離れたこともあり、一族をまとめることは考えなかった。淡交を理想とする坪内氏は、親族とのかかわりを特に求めなかったという。
今の時代は一族や親戚縁者の存在が小さくなっているかもしれないが、家族や兄弟が依然として人々の暮らしの核になっているだろう。そのため、軍兵衛叔父のような人があちこちに多くいる気がすると述べている。
「山口軍兵衛。この古武士のような名の叔父がなんだか妙になつかしい」と締めくくった。



