「これは、わさび味噌ですな」
「おお、よう気づいたな。わさびは火で炙ると辛みは消えてしまうが、代わりに味噌のこくを軽やかに解いてくれる」
ふうん、と感心しながら倫太郎は聞いた。
丑三つ時の舟旅
夏とはいえ、丑三つ時では、まだあたりは闇に沈んでいる。常夜灯と、供の中間ふたりが提げる提灯だけが頼りだ。
「青物市場は、このように朝が早いのですか」「千住は特にな。千住に入った青物は、江戸の中心部に送られる。その前に我らが買い付けに行くのだ」
江戸の青物市場は、千住と駒込、それと神田が三大市場で、京橋にもある。神田川から舟に乗る。大川に出て千住に向かうのだ。かなりの舟旅だ。
わさび味噌の握り飯
倫太郎は舟に乗ってから握り飯を頰張った。やはりうまい。このわさび味噌特有の青臭さというか、辛みは抜けているが、代わりに清涼感が鼻に抜け、心地よい。甘味のある飯と合わさるとさらに旨さが増す。寝ぼけた頭にじわじわとしみ込んでくる。これが焼きではなく、塗ったわさび味噌だと、脳天にずきんとくるが、焼くと香りだけが残り、爽やかになる。
調理の仕方によって、素材が変化する。食う側にとっての驚きは楽しみに繫がる。
なまりの具
あれ? 握り飯に具がある。甘く煮た魚──。「なまりだ!」
「おお、もう今の鰹は脂が乗ってとても食えぬが、なまりにすれば、美味になる」
なまりは、鰹の身を蒸したものだ。鰹は足が早いから、こうして蒸すのが一番なのだ。これを生姜と醤油、味醂で煮ると、ぱさぱさしたなまりがしっとりした味わいになる。



