本庄市出身の江戸時代の国学者、塙保己一(はなわほきいち)(1746~1821年)の生涯を描いた「見えるか保己一」の著者、蟬谷めぐ実さん(34)が読売新聞のインタビューに応じた。山本周五郎賞を受賞し、直木賞候補にもなった作品について、蟬谷さんは「読んだ人が、もっと保己一について知りたいと思うきっかけになれば」と期待を込めた。(佐藤秀憲)
保己一の生涯と作品への思い
現在の同市児玉町保木野に生まれた保己一は、7歳の時に病気で視力を失った。その後、江戸に出て、34歳から40年以上かけ、古代から近世までの文献を全国各地から集め、666冊からなる「群書類従(ぐんしょるいじゅう)」としてまとめた。これは、歴史や文学などを研究する上で、現在でも貴重な史料となっている。
8月25日に東京都内で行われたインタビューで、蟬谷さんは保己一を題材に選んだ理由について、「目が不自由な人が、どうして学問を選んだのかという疑問」を解き明かしたかったと説明した。
記念館の展示と執筆の背景
本庄市内にある塙保己一記念館では、その生涯をパネルなどで紹介。群書類従の版木や保己一が生前大切にしていた母親手縫いの巾着、日記を展示している。蟬谷さんは2024年末、取材で同館を訪れ、著作の最後に「記念館所蔵の資料等に多くの示唆を受けた」と記した。初めて同市を訪れたという蟬谷さんは「巾着が残っているのは、それだけ保己一が大切にしていたということ。展示を見たことで感じた母への思いは、作品の文章にも強く出ている」と語った。
執筆にあたって意識したのは、「単なる偉人伝にはしない」という点だ。「人間としての保己一を書きたかった。(妻や弟子など)周りの人との関係性に焦点を当て、史実の間に隠された部分を自分なりに想像して書いた」という。盲目の主人公を取り上げるにあたり、「だれかを傷付ける書き方になっていないかと悩み、実在の人物を物語化することに責任を感じながら書いた」と振り返る。それだけに「これまでとは違う達成感を感じ、書けて良かった」と手応えを語った。今後については「自分で枠組みを決めず、興味あるものを書いていきたい」と意欲を示した。
地元・本庄の関係者の期待
本庄市の関係者からは、蟬谷さんの作品を通じ、保己一の志や功績が全国に知られるきっかけになればとの期待が高まっている。蟬谷さんへの説明を担当した記念館職員の野口泰宣さん(70)は「保己一の全国的な知名度は高くはない。多くの人に読んでいただき、生き方や業績が幅広い層に伝わってほしい」と語る。
地域の有志が、講演や子どもたちの群読劇などを開き、保己一を顕彰する「ほきいち祭」を毎年実施している。実行委員会事務局長の田中学さん(77)は、祭りやウェブサイト「塙保己一先生史跡巡り案内」を運営する。自身の活動について「一層興味を持ってくれる人が増えるのでは」と思いを込める。吉田信解市長は「作品をきっかけに、ドラマなどの映像作品でも保己一が取り上げられることを願っている」とコメントし、今後、保己一の魅力を教育や観光など幅広い分野で発信していく意向を示している。



