「知を管理する者が、権力を握る」。博覧強記の記号学者ウンベルト・エーコが自身初の小説『薔薇の名前』に込めたメッセージは、単なる検閲批判や権力批判にとどまらない。エーコは作中に登場するインテリ修道士たちに、あるテーマについて盛んに議論させている。「言葉は真実をあらわすか」。1980年にイタリアで原著が刊行された本書の問いは、時を経てAI時代の核心テーマでもある。
中世の修道院で繰り広げられる知的ミステリー
物語の始まりは1327年。北イタリアの山腹に立つ修道院で修道僧が次々と惨殺される不可解な事件が起きる。片や世界中の知が集められた巨大な図書館には、禁断の秘密が隠されている。中世を舞台にした知的ミステリーの体裁を取りつつ、アカデミック小説の金字塔と評されるゆえんだ。
言葉と真実の関係を問うエーコの思想
エーコは記号学者として、言葉や記号だけで知性が成り立つのかという問題を提起した。現代のAIは膨大なデータと言語モデルで動作するが、身体経験や感覚を持たない。エーコの問いは、身体なきAIに真実が宿りうるのかという、現代の人工知能研究の根幹を揺るがすものだ。
AI時代に再読されるべき古典
『薔薇の名前[完全版]上下』(河島英昭、河島思朗訳/東京創元社)は、ビジネスに効く名著のエッセンスを識者がコンパクトに解説する連載の一環として取り上げられた。エーコが描いた中世の知識管理と権力の構図は、現代の情報社会やAIによる知識の独占を考える上でも示唆に富む。
エーコの問いは、単なる過去の文学ではなく、AIが急速に発展する現代において、人間の知性とは何か、真実とは何かを再考させる。言葉と身体、そして真実の関係を巡るこの古典は、今後ますます重要性を増すだろう。



