朝ドラで描かれた牛鍋と夫婦の絆
NHK連続テレビ小説『風、薫る』で、山本辰治とその妻テイの物語が描かれている。慢性胃腸炎で胃がんの疑いから入院した辰治は、治療に前向きな理由を「牛鍋を食べるため」と語る。毎年夏の花火の夜、夫婦で牛鍋を囲むのが年に一度の贅沢だった。妻テイは担当看護婦のりん(演:見上愛)に「牛鍋ってご褒美でもないと、この人頑張らないから」と呆れる。退院時にはりんが「これで花火の頃に牛鍋食べられますね」と声をかけたが、その後病状が悪化し再入院、再手術となった。思った以上にがんが広がっていることが判明し、妻テイも発熱で見舞いに来られなくなる。
ささやかな希望としての牛鍋
花火の日、辰治はりんの協力で病院を抜け出し、家で伏せる妻のもとへ。そして「牛鍋を食べてきた」と告げ、「手術、してよかった。お前のおかげだ。はあ〜うまかった。しかたねえからお前のぶんも食ってきて腹いっぱいだ」と満足げに話した。これは妻が自分に手術を受けさせたことを後悔させないための嘘だった。庶民のささやかな希望として牛鍋が描かれた背景には、明治における食文化の大きな転換があった。
1200年の肉食禁忌の崩壊
日本では仏教の影響により飛鳥時代以降、実に約1200年にわたって肉食が禁じられてきた。牛や馬の肉は穢れたものとされ、庶民の日常から遠ざけられていた。明治維新後、政府は富国強兵のため肉食を奨励。1872年には明治天皇が牛肉を食べたことで、肉食禁忌は大きく崩れた。こうして牛鍋は新しい時代の象徴として庶民に広まった。
「牛鍋の王」と日本初のチェーン店
その立役者の一人が「いろは大王」こと山本安兵衛である。彼は東京・浅草に牛鍋店「いろは」を開業。独自の割り下と調理法で評判を呼び、瞬く間に人気店となった。さらに山本は日本初のチェーン店システムを考案。同じ味を提供する支店を次々と出店し、「牛鍋の王」と称された。その功績は現代の外食産業の基礎を築いたと言える。『風、薫る』では直接描かれないが、牛鍋には明治の食文化革命と、それを牽引した偉人たちの伝説が秘められている。



