文化人類学者の左地亮子さん(46)が、フランスの移動民「マヌーシュ」の生活と思想を描いた著書『ノマドという生き方』(世界思想社)を刊行した。選書形式で彼らの実態を平易に解説している。
「特別なマイノリティ」ではなく、同じ時代を生きる人々
左地さんは「変わった暮らしをする特別なヨーロッパのマイノリティーなどと捉えるのではなく、私たちと同じように様々なことを考えながら同じ時代を生きていることを知ってほしい」と語る。マヌーシュを含むフランスのジプシーは、かつて家馬車で移動しながら農民などの定住民を相手に、小物販売や家具・楽器修理など多様な仕事で生計を立ててきた。現在も定住政策が進む中、キャンピングトレーラーでの移動生活を続ける人々が多い。
その生活様式は、2021年にアカデミー賞監督賞を受賞したクロエ・ジャオ監督の映画『ノマドランド』に描かれた現代の車上生活者たちと共鳴する。伝統に根ざしながらも、新しさを感じさせる点が特徴だ。
移動がもたらす自由と自己変革
左地さんは「現代の人々は一つの場所やアイデンティティー(自己同一性)に縛られている。でも移動することは、新しい関係を作り、自分も変わってゆく。私たちの生きる窮屈さを捉え直すヒントにもなると思います」と述べる。マヌーシュ社会は「大きな家族」を基盤とし、家父長的な側面も見られるが、近年は変化も生じている。例えば、自動車免許を取得し、保育の仕事を始め、ダンスレッスンに通う女性が現れるなど、新たな動きが紹介されている。
研究の原点と苦労
左地さんがマヌーシュに関心を持ったきっかけは、19歳でフランス留学中、パリ郊外でキャラバン暮らしをする人々に出会ったことだ。2006年から南フランスで本格的な調査を開始したが、当初は苦労が絶えなかったという。「彼らは質問をすると、話してくれるけれど、聞く人が望む答えをします。長く迫害された歴史があり、そのような話し方を身につけている。本当のことを語ってもらうのには時間がかかりました」と振り返る。
左地さんは前著『現代フランスを生きるジプシー』でサントリー学芸賞を受賞。現在は東洋大学社会学部教授を務め、研究対象をルーマニアの移動民に拡大するほか、マヌーシュの間で改宗が目立つキリスト教福音派にも関心を深めている。



