美貴子はスエとともに、寄宿舎から大塚駅を経て銀座へ向かった。歩くたびに大連の清潔な舗装された道を思い出すほど、この道は砂ぼこりが舞い、雨の後でぬかるんでいた。革靴が泥で汚れ、草履のスエも難儀していたが、水たまりを避けながらなんとか大塚駅に辿りついた。高台の駅からは寄宿舎が遠くに見える。
銀座の町並みに目を輝かせるスエ
スエは「あの中におるとなんて大きな建物じゃろうと思っとったけど、ここから見るとほんまに小さいんじゃね……」と声をあげた。美貴子は「とにかく急がないとね……迷子になったら大変だから」と返し、スエの手をとって市電に乗った。車窓から銀座の町並みが見えると、スエの目が輝いた。銀座の柳、服部時計店、三越……。美貴子には見慣れた風景だが、スエは「ここが銀座……」と目を丸くしている。
三越でハンカチを見て、カフェへ
美貴子が何か見たいものはあるか尋ねても、スエははっきりしない。そこで三越の婦人用品売り場へ連れて行った。以前、父に刺繍入りのハンカチーフを買ってもらった場所だ。スエは一枚のハンカチーフを手に取り、値段を見て驚いた。美貴子は買ってあげたいと思ったが、心のなかのもう一人の自分がそれは違うとつぶやいた。スエは「先生になったら、必ずここで母におみやげを買う……」と言い、美貴子はそれを実現させるだろうと感じた。
腕時計を見ると午後四時を過ぎており、時計台の鐘が四回鳴ったことにも気づかなかった。美貴子は「スエさん、お茶を飲もう、カフェで」と誘い、不安げなスエの腕を引っ張って一軒のカフェに飛び込んだ。