お金の不安は資産額ではなく「自己決定感」で決まる 最新科学が示す安心の条件
お金の不安は資産額ではなく「自己決定感」で決まる 最新科学が示す安心の条件

貯金を増やし、投資も始め、将来に備えているのに「このままで大丈夫?」というお金の不安が消えない――。実は、安心してお金と向き合えるかどうかを左右するのは、資産額や利回りといった数字だけではないといいます。

近年、金融の世界でも「お金をどれだけ持っているか」ではなく、「お金とどんな状態で向き合っているか」が注目されるようになっています。収入が増えれば安心できる。貯蓄が増えれば不安はなくなる。投資で資産が増えれば将来も大丈夫、幸せに安心して生活ができる。そのように信じて、努力を重ねている人は少なくありません。しかし、世界の研究はこの考え方が必ずしも正しくないことを示しています。

幸福度は数字よりも感じ方が決める

行動経済学の基礎となるカーネマンとトヴェルスキーの研究(Kahneman & Tversky, 1979)のプロスペクト理論では、人は合理的に判断しているようでいて、実際には「損をしたくない」「失いたくない」という感情、すなわち不安に強く影響されて意思決定を行っていることが明らかになっています。

これはお金に関する行動においても同様です。私たちは資産を増やすために行動しているようでいて、その実態は「不安を回避するための選択」であることが少なくありません。将来に備えなければならない。損をしてはいけない。もっと良い選択をしなければならない。そうした思いに駆られ、私たちは知らず知らずのうちに、不安に導かれる形でお金の判断を下しているのです。

さらに、カーネマンとディートンの研究(Kahneman & Deaton, 2010)では、収入が増えることで人生全体の満足度は高まる一方で、日常的に感じる幸福、すなわち感情的ウェルビーイング(幸福)は、一定水準を超えるとそれ以上は大きく向上しないことが示されています。つまり、お金は「人生の評価」を高めることはできても、日々の幸福感そのものを大きく左右するわけではないのです。

そして、近年のキリングスワースらの研究(Killingsworth et al. 2023)では、年収とともに幸福度の上昇傾向が強まると示されました。ただし、収入と幸福度の関係は単純ではなく、「どのように感じ、どのようにお金と向き合っているか」が重要であるという視点がより強く示されています。

自己決定感が安心を生む

これらの研究を総合すると、「お金の量」だけでは幸福は説明できないという事実が浮かび上がります。むしろ問われているのは、「お金とどのような関係を築いているか」という点です。近年、金融の世界でもこの視点が注目されており、それが「ファイナンシャル・ウェルビーイング」ならではの考え方です。

ここで重視されているのは、どれだけお金を持っているかではありません。「お金とどのような状態で向き合えているか」という、より内面的で主観的な側面です。実際に、収入や貯蓄は一定水準を超えている。投資や制度も活用している。客観的に見れば、資産状態に問題はない。それにもかかわらず、「将来のお金が不安だ」「この選択が本当に正しいのかわからない」「もっと良い方法があるのではないか」といった感覚が消えない人が数多く存在します。これは、お金が足りないから起きている現象ではなく、お金に関する判断を「自分で決めている」と感じられていないことによって生じているのです。

安心してお金と向き合えている人には、近年の研究でいくつかの共通点があることが明らかになっています。(1)日々のお金の管理を、自分でコントロールできていると感じていること。(2)将来に対して、ある程度の見通しを持てていること。(3)予期せぬ出来事が起きても、なんとか対応できると思えていること。(4)そして、自分のお金の選択に納得できていること。

注目すべきは、これらがすべて客観的な数字ではなく、「感じ方」に関わるものであるという点です。お金がいくらあるか。資産がどれだけ増えたか。そうした指標は、中心には置かれていません。代わりに重視されているのは、安心感、納得感、そして「自分で舵を取っている」という感覚です。この自己決定感こそが、お金の不安を減らし、安心を育てるための核になります。

金融自己効力感が「最強の心理資産」となる理由

お金の不安をなくすために本当に必要なものは何でしょうか。収入や知識を増やすことではありません。心理学者アルバート・バンデューラは、自己効力感について「人が行動を起こすかどうか、どれだけ努力するか。そして困難に直面したときにどれだけ持続できるかは、『自分にはそれができる』という信念によって決まる」と述べています。つまり、人の行動や継続力を決定づけているのは、能力そのものではなく、「自分なら対処できる」「想定外のことが起きても、なんとか自分で対応できる」という感覚なのです。

多くの人が勘違いをしていますが、お金の不安は「お金が足りないから」だけで生まれるわけではありません。むしろ不安の正体は、「何が起こるかわからない」「起きたときにどうすればいいかわからない」「自分には対処できない気がする」「立ち上がれない気がする」という無力感に由来します。つまり、コントロールできていない感覚に襲われることが、不安の本質なのです。この状態では、たとえ貯金や投資が順調でも、不安は消えません。

金融自己効力感が「最強の心理資産」と言える理由は、外部環境によって簡単に揺らがないからです。マーケットの変動でも、物価高でも、円安でも、他人の成功談でも、簡単に減ったり奪われたりしません。なぜなら、それは外の環境ではなく、自分の内側にある資産だからです。しかも、この資産は使うほど強くなります。小さな判断を自分で下せている。結果を振り返り修正できている。「自分でできた」という感覚を積み上げている。これだけで、金融自己効力感は着実に育っていきます。

お金の不安を本当に減らしたいのであれば、追いかけるべきものは「正解」ではありません。「自分なら大丈夫」と思える感覚です。それこそが、どんな環境でも、どんな人生の局面でも機能する、最も強い心理的資産なのです。