ガートナージャパンのディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリストである田鷹明氏は、「決して沈まない船に乗っているつもりで働いていれば、自分の本来の能力の1割しか発揮できずに終わってしまいます」と語る。田鷹氏は、見えないAI時代にキャリアを再考する際、会社の中に閉じて考えるのではなく、「自分の生き方は自分で決める」ことが出発点になると強調する。
AI時代のIT部門の役割とは
田鷹氏は、AIを既存業務を効率化する「文房具」ではなく、国や産業の競争関係を組み替える「産業構造」を起こす存在だと位置付ける。日本のIT部門の役割にも見直しが必要だという。既存の業務システムを「育てる」ことから始めたため、今も運用保守を主に担当する「雇用聞きIT部門」として位置付けられている組織が多いと指摘する。
「明文化されてはいませんが、社内の下請け組織としての構造が出来上がってしまっています。従来の名称である『情報システム部門』という呼び方から変えるべきだと思いますね」と田鷹氏は述べる。一方で、自社業務に詳しくなる必要はないとする。業務のことは事業部門がよく知っているに決まっているため、IT部門に求められているのは業務知識で事業部門と張り合うことではなく、テクノロジー側から価値を出すことだという。
「沈殿エージェント」を生む日本企業の構造
構造強化の背景にあるのは、日本独自のユーザー企業とSIerとの関係だ。ユーザー企業の中には、システムの要件定義の段階で、業務部門が挙げた要求がそのまま仕様になるケースが存在する。現場からは既存の業務プロセスを前提とした要求が上がりやすく、その分カスタマイズが増える。SIerから見ると、カスタマイズは利益につながる上に、客先の要求に沿うという観点からも断りにくい。こうして日本企業のシステムは業務に合わせたものになってきた。
「RPA(Robotic Process Automation)ブームの時も業務にシステムを合わせる企業が多くありましたが、AIエージェントも同じようになりかねません」(田鷹氏)。既存の業務プロセスには置き換え可能な要素や、今では不要になっている作業も含まれている。更新すべきなのにそのままになっている作業を「沈殿」と表現しつつ、田鷹氏は「大金をかけて『沈殿エージェント』を作るケースもある。これでは一体どこに向かっているんだ、という話ですよ」と指摘する。
個人のキャリアに必要なもの
田鷹氏は、AIに代替可能な業務が消滅に向かう一方で、AIに仕事を委託して動かせる人はますます必要とされるとみる。これまでIT部門で多くの時間を割いてきた事務作業やベンダーとの調整作業から抜け出し、AIに指示してアイデアを実現する「クリエイター」になるのも一つの形だ。
分かれ目になるのが、本人の「WILL(意志)」で、何をやりたいかがはっきりしているかどうかだという。それに加えて田鷹氏が強調するのが、CQ(Curiosity Quotient:好奇心指数)の重要性だ。テクノロジーの進化が速く、一度身に付けたスキルもすぐに古くなる今、未知の技術に対する好奇心と主体的な学習能力を持ち続けることの意味が増している。
田鷹氏は、AIが前提になる時代を「ニューワールド」と呼び、「野心があってやりたいことがある人にとっては、とてもハッピーな世界」と前向きに語る。新しいスキルを学ばなければ、5~10年後は食べていけなくなると危機感を込める。もっとも、日本のビジネスパーソンにとって新しく学ぶことのハードルは高いようだ。パーソル総合研究所の「グローバル就業実態・成長意識調査」(2022年)によると、業務外で学習や自己啓発を「特に何も行っていない」と回答した日本の就業者は52.6%と、調査対象の18カ国・地域で最も多かった。
しかし、新しい技術を習得する環境は既に整っている。クラウドサービス「Amazon Web Services(AWS)」や「Microsoft Azure」の基本的な認定資格であれば、「1カ月もあれば取得できるでしょう」(田鷹氏)。OpenAIの「ChatGPT」やAnthropicの「Claude」といった生成AIも、無料で使い始められる。
田鷹氏はなかなか重い腰を上げられない人に向け、エンジニア、あるいは技術関連の仕事に就こうと思った理由を思い出してみようと語る。「『新しい技術に触れるのが楽しい』『世の中を技術で良くしたい』――私もそうでしたが、最初はそんな思いがあったはずです。AIに作業を任せて、自分の頭を解放して全開モードにすれば、3年後の人生は全く変わっていますよ」
AIが前提になる世界の到来は企業だけでなく個人にとっても転換期であり、チャンスにもリスクにもなり得る。日本人は「検討する」と言って決定を引き延ばす傾向があるが、その余裕はもうない。自分自身が「主人公として生き方を決める」ことが重要だというのが、田鷹氏のメッセージだ。「『沈殿時代』は終わるんだと見極めて、ニューワールドへ行くかどうかを決めることです」
未知の世界、未知のスピードで進化する技術は誰にとっても不安や、場合によっては恐怖の源にもなり得るものだ。しかし、今回の連載を通して見えてきたのは、これまでのポジションや業務プロセスをどう守るかではなく、変化に応じて新しい技術を貪欲に学ぶ姿勢の大切さだった。その根本にあるのは、新技術に対するワクワクとした気持ちや社会人としてこの世界とどう関わるかといったスタート地点に立ち返る重要性だったように思う。
田鷹氏は、メインフレームのエンジニアとしての仕事がなくなり、オープン系の技術を学ぶことになった時期を振り返って、「オープン系を覚えないとご飯を食べられませんからね」と冗談めかして言った後に、「新しい技術が大好きだから、納得していました」と付け加えた。



