富山の遅咲き副検事・浅野満氏 53歳で就任、立会事務官経験を武器に熱き挑戦
富山区検察庁に所属する浅野満副検事(58)は、検察事務官としての長いキャリアを経て、53歳という年齢で副検事に就任した遅咲きの検察官である。理系出身で学生時代まで法律とは無縁だったが、検察の世界に飛び込み、社会正義のために奔走する検事の姿に感銘を受け、自らもその道を目指すことを決意した。現在、県内最年長副検事としての肩書を背負う浅野氏は、「被害者の無念さを代弁すべく、身を粉にして事件と向き合い続ける」と熱く語る。
理系出身から検察の世界へ
浅野氏は富山市(旧婦中町)の出身で、10代の頃からパソコンに強い関心を持っていた。高校時代にはゲームを自作するなど、技術的な才能を早くから発揮していた。卒業後は数学とプログラミングを学び、システムエンジニアを目指して就職活動を行ったが、希望する企業には採用されなかった。
友人からの影響を受け、就職活動と並行して受験した国家公務員試験に合格。採用時の志望先として、募集人数が最も多かった検察庁の検察事務官を選択した。浅野氏は当時を振り返り、「『検察庁前』というバス停の名前で検察の存在を知っていた程度で、業務内容についてはまったく知らなかった」と語っている。
立会事務官としての経験が礎に
富山地方検察庁に配属された浅野氏は、最初に会計課で物品管理を担当した。その後、約17年にわたって検察官の右腕となる立会事務官として勤務。供述調書の作成、裁判に向けた記録や証拠の精査、関係機関との連絡調整などを担い、会社役員夫婦殺人・放火事件など重大な事件にも携わった。
業務を通じて目にしたのは、熱意に満ちた検事たちの姿だった。「他人の人生を誤った方向に導きかねない重大な責任を負っているからこそ、昼夜を問わず仕事に励み、徹夜もいとわない。その姿がかっこよかった」と浅野氏は回想する。この経験が、自らも検察官として主導的に事件と向き合いたいという思いを強くさせた。
40代半ばからの猛勉強で夢を実現
副検事選考試験の受験を決意した当時、浅野氏はすでに40代半ばに差し掛かっていた。一般的な受験者は30代が多い中、数年にわたる猛勉強を重ね、50歳にさしかかる頃に初めて試験に臨んだ。
最初の挑戦は惨敗に終わったが、周囲の検事たちの支えを受け、苦節3度目でようやく合格を果たした。高校や大学受験では第一志望に合格できなかった過去を持つ浅野氏は、「人生で初めて一つの物事を成し遂げた瞬間だった」と感慨深げにほほえむ。
立会事務官時代の経験が最大の武器
副検事としての現在、浅野氏が最大の財産としているのが立会事務官時代の経験である。取り調べに応じない被疑者に対して理路整然と迫る手法や、自らの失敗談を披露して話しやすい雰囲気を作る技術は、ともに事件と向き合った数多くの検事から学んだものだ。
上司である富山地方検察庁の恒川一宇次席検事(50)は浅野氏について、「非常に人情味にあふれ、優しく、人から話を引き出すのが上手い。大変信頼している」と評価している。
浅野氏自身、交通事故で母親を亡くした過去を持つ。だからこそ、捜査にかける思いは人一倍強い。「被害者に理解してもらえるよう、誠心誠意捜査を尽くすことが使命。重責を担うからこそ、私利私欲を排して取り組む」と情熱を燃やし続けている。
副検事の役割と検察組織
副検事は検察官の一員として、区検察庁に所属し、殺人などを除く多種多様な事件捜査の指揮監督を担う。司法試験とは別の副検事選考試験で採用され、起訴決定権を持つ検察官として重要な役割を果たしている。
検察庁組織は、最高検察庁(東京に1庁)、高等検察庁(主要都市に計8庁)、地方検察庁(都道府県庁所在地と北海道の3か所に計50庁)、区検察庁(計438庁)の4階層で構成される。富山県内には富山地方検察庁と、富山、高岡、魚津、砺波の4区検察庁が設置されている。
検事総長らを除く検察官には検事と副検事がおり、警察から送致された事件などの捜査に携わる。被疑者を起訴するか否かの決定権限は検察官のみが有している。検事は主に最高検から地方検までに配置されるが、副検事は区検に配置されるのが一般的だ。
年1回実施される副検事選考試験では、刑法や刑事訴訟法、民法など五つの法律について、筆記と口述試験が行われる。受験資格には検察事務官のほか、一定の条件を満たした警察官や自衛官、入国審査官らが含まれる。合格倍率は非公表で、合格者数は年間40人前後となっている。
2025年7月1日現在、全国の検察官総数(検事総長らを除く)は2780人。このうち副検事は797人を数える。



