歴史観の違いが生む米中のすれ違い
2026年5月の米中首脳会談。習近平国家主席とトランプ大統領の会談は、両国の歴史観の違いを象徴する場となった。西欧の歴史学者は、発展や進歩、強者と弱者の対立と戦争を記述する傾向がある。しかし、中国の歴史家から見れば、それは真の歴史ではない。彼らは事実を静観し、天道を待つ態度こそが歴史家の姿勢だと考える。
覇権国家アメリカと協調を選ぶ中国
米中は対照的な対応を見せている。アメリカは覇権国家として、台頭する中国に対抗意識をあらわにする。一方、中国は力を誇示せず、協調路線を模索する。両国の態度はかみ合わない。中国はまるで天子が朝貢国を遇するように、相手を立て、傲慢さを避け、慇懃に接する。
秩序ある変化を重視する東洋の視点
アメリカにとって決戦の火ぶたが切られる瞬間でも、中国にとっては数百年の歴史の中の静かな一幕に過ぎない。15世紀、世界に船団を送った永楽帝が建立した天壇にトランプを案内した習近平は、遠い昔の明の皇帝のように振る舞ったのかもしれない。西欧的歴史観を取り入れた日本も、元来は中国的歴史観を持っていたと言える。
西欧と非西欧の対立構造
世界は西欧と非西欧に分かれているが、対立意識と勝利の使命を背負っているのは西欧側である。非西欧は、長期間の西欧支配がすぐに終わるとは考えていない。彼らは対立よりも秩序ある変化を期待している。この認識の差が、米中関係の複雑さを生んでいる。



