「毎日1万歩」のウォーキングは必要ない――。同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターの米井嘉一教授(同大大学院生命医科学研究科教授)は、著書『食べて若返る!』(さくら舎)でこう指摘する。むしろ、80歳でも脳が若い人に共通するのは、1日7000~8000歩の習慣的な歩行だという。
運動が脳に与える影響:BDNFと神経伝達物質
運動は脳に大きな影響を及ぼす。これまでの研究で、運動が記憶力や学習能力の向上、気分の安定、認知症予防につながることが示されている。運動により脳内で分泌される「BDNF(脳由来神経栄養因子)」は、たんぱく質の一種で「脳の栄養分」と呼ばれる。BDNFは神経細胞の新生を促し、シナプス(神経細胞間の接合部)の数と結合を増やし、神経ネットワークの形成・発達を促進する。
血液中のBDNF量と認知機能の関係を調べた研究では、BDNF濃度が高いほど記憶力や学習能力の評価スコアが高いことが判明。BDNFは認知症予防に不可欠とされる。BDNF量は65歳以上で加齢とともに低下するが、運動によって分泌量の低下を防げることがわかっている。また、運動はノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニン、エンドルフィンといった思考や気分に関わる神経伝達物質の分泌を促す。記憶を司る海馬は加齢で萎縮するが、運動で食い止められることが複数の研究で明らかになっている。
80歳でも脳が若い人の秘密:アミロイドβクリアランス
近年の研究で、習慣的な運動がアミロイドβの脳内蓄積を防ぎ、アルツハイマー型認知症から脳を守ることがわかってきた。米井教授の研究グループも実験で確認している。脳にはアミロイドβを分解・排出するクリアランス機能があり、その指標の一つが「アミロイドβ 40/42比」だ。アミロイドβにはアミノ酸40個の「β40」と42個の「β42」があり、β42は脳内で固まりやすく、アルツハイマー型認知症患者の脳に多く蓄積する。健康な人のβ40とβ42の割合は約9:1だが、β42の比率が高いほどクリアランス機能が弱まり、認知症リスクが高まる。
米井教授の研究グループが主催する「健法塾」では、ウォーキング中心の健康づくりを実践。参加者(80歳前後)と同志社大学の教職員(30~60代)を比較したところ、平均で健法塾生の方がβ42の比率が低く、脳のクリアランス機能が高いことが判明した。年齢を考慮すると「脳が若い」と言える結果だ。健法塾生は毎日7000~8000歩歩いている。
激しい運動は老化を促進?適切な運動量とは
米井教授は「運動不足の人が急に長距離ウォーキングを始めても長続きしない」と指摘。若さと健康を維持するには、まず毎日歩く習慣を身につけることが重要だという。高齢者の目安は「1日6000歩以上」だが、最初は1日15分、1000歩からでも良い。足腰や体幹を鍛えたい場合、砂浜でのウォーキングが効果的だと勧めている。
激しい運動はかえって老化を促進する可能性があるため、無理のない範囲で継続することが大切だ。運動は特別な技能を必要とせず、誰でも始められる点がメリット。認知症予防や脳の若さを保つためには、毎日の歩行習慣が最も手軽で効果的な方法の一つと言える。



