ザ・おめでたズは「虚」なのか?ヒップホップ的価値観から離れても「リアル」な理由と圧倒的な楽しさが救う生活者の悩み
ザ・おめでたズは「虚」なのか?楽しさが救う生活者の悩み

前回、ラップグループ「lyrical School」の解散ライブを取り上げたが、その翌週の日曜日、同じリキッドルームで6人組ラップグループ「ザ・おめでたズ」のワンマンライブが開催された。彼らは世界的なバズや圧倒的なサクセスを志向するわけではない。丁寧で誠実な作品作りを通じて着実にステップアップを続ける彼らのライブには、オリジナルな存在としての矜持と、オルタナティブであることの重要性が感じられた。

ザ・おめでたズとは

ザ・おめでたズは、ヒヒ、太郎、セキハラグチ、TOMORO、シタバの5MCとDJのやじまたくまによる6人組。「盆と正月を一緒に連れてくる」をキャッチフレーズに活動するラップグループである。友人の誕生日を祝うサプライズをきっかけに結成され、「基本的には日本記念日協会に登録されている実在する記念日や国民の祝日にまつわる楽曲を作り歌い届ける」をコンセプトに掲げる。2017年8月に「ハッピーバースデイ EP」をリリースして以降、山の日をテーマにした「ヤッホー!」、幽霊の日をテーマにした「三途のリバーサイド」、ビーチサンダルの日をテーマにした「Flip Flops」、そして2人組ラップユニット「chelmico」とのコラボ曲「Lucky 4 You feat. chelmico」など、マイペースかつコンスタントなリリースを続けている。また、トラックやラップだけでなく、アートディレクション、ライブグッズのマーチャンダイズ、MV制作なども自ら手がける「クリエイター集団」であることも特徴だ。

圧倒的な「楽しさ」の追求

彼らの最大の特徴は、音楽がひたすら「楽しさ」を追求している点にある。ユニット名に「めでたい」とつけることからも明らかだが、「友人の誕生日を祝う」ことを出発点とし、記念日という「ハレの日」をテーマに楽曲制作を続けてきたことがその理由だろう。楽曲の内容は多様で、友達の誕生日を屈託なく祝う「パーティチューン」、焼き肉を食べるという事実だけを歌ったナンセンスな「ニク☆ヤク☆ニク☆クウ」、日常のダメージに一息入れ、日常そのものを楽しむ「茶柱」など、表現の幅は広く、メンバーそれぞれの個性が光る。

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「楽しいが一番」というヒップホップの伝統

メンバーのシタバは、WEBメディア「DIGLE MAGAZINE」のインタビューで次のように語っている。「自分らの音楽は“楽しい”が一番なので、ソウル(魂)とかはあんまりないんですよ。世の中にはいろんな音楽ジャンルがありますけど、みんな根底にソウル的な部分があるじゃないですか。僕らの場合は、その部分がちゃんとぽっかりないんです。ぽっかり何もない“虚(きょ)”なんで、自分らの音楽を“虚ん楽(きょんがく)”って言ってるんですけど、最近は“虚”であることにポリシーを持ち出したから…。コアがないことがコアになりだしてるから、ちょっと変なことにはなってるんですけど、“楽しいだけの音楽”が俺らっぽい」。この言葉は、彼らの存在原理とオリジナリティを示唆している。

ヒップホップは伝統的に「リアル」を歌う「実」の音楽とされる。パブリック・エネミーのチャックDがヒップホップを「黒いCNN」と評したように、ラップを通じて目の前の現実を描き出し、体制の不誠実を告発し、社会環境への怒りや構造的貧困・差別に抵抗する。そこには「実=リアル」が息づき、リアルこそが作品の背骨となる。一方、ザ・おめでたズはそうした「実」から意識的に距離を置き、自らの音楽を「虚ん楽」と定義する。これはヒップホップに対するオルタナティブなアプローチであり、自己を「虚」と言い切ることで逆説的に「実」を含むというカウンター的な側面を持つ。

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与える安らぎと「生活者の悩み」

彼らの楽曲とライブは圧倒的に「楽しい」。リップスライムやm-floの影響を感じるポップな楽曲性、カラフルなラップの掛け合い、一体感を生む簡単な振り付けなど、疲れる要素は一切ない。ヒリヒリする切実さやタフな感情ではなく、清々しく心が軽くなる「善意」のようなものが溢れる彼らのライブ空間は特別だ。しかし、その安らぎは魔法のように一瞬で解ける。会場を一歩出れば、値上がり続けるスーパーでの買い物、仕事のタスク、SNSの炎上といった「それぞれの実」が待っている。

ザ・おめでたズの歌詞には「生活者」としての悩みが表れている。例えば「茶柱」のヴァースでは「俺も立ってる/人生の岐路」「あっぷあっぷでなんか滅茶苦茶」と歌われるが、フックでは「You and me/湯呑み交わして/茶化し合うひととき(粗茶ですがベイベ)/Sit with me/一息つこう/あまり無茶せずに」と続く。この展開は、平歌で歌われる個人的な苦悩を、フックというグループのパートで慰撫する効果を生み、そこには「ザ・おめでたズの中だけでは幸せでありたい」という願望が垣間見える。個人の抱えるだるい日常(ケ)から一時的に離脱するため、メンバーだけでなくリスナーも、彼らの生み出すセーフティゾーン(ハレ)を求めて身体を揺らすのだ。

ヒップホップ的リアルから離れても

ザ・おめでたズの提示するものは、ヒップホップ的なリアルから見れば「虚」かもしれない。また、社会構造的な貧困や不合理に比べれば、彼らが歌う仕事の愚痴や日常の「だるさ」は些細かもしれない。しかし、会場で感じた「ポジティブさ」だけは、誰にも否定できない「実=リアル」なのだ。リアルは人の数だけ存在し、それぞれの形で表現できる。そして、そのリアルは決して踏みにじられることは許されないという事実を、彼らは見事に体現している。

「小さな幸せを集めよう」と言いたいわけではない。そう語ることは、ヒップホップが戦ってきた大きな不正や不条理に目をつぶることにつながる。しかし、日常の些細な喜びを丁寧に見つめ、人とのつながりを求め、何でもない日を特別な日として祝い、愛することの大切さを、ザ・おめでたズのライブは改めて感じさせてくれた。