松山市が7月に再建オープンした「愚陀佛庵(ぐだぶつあん)」で、夏目漱石と正岡子規の等身大パネルが撮影スポットとして人気だ。明治期に愚陀佛庵で同居した2人を親しみやすいゆるキャラ風のイラストで表現したのは、絵本作家の顔も持つ市職員の西山陽一朗さん(54)。「施設の『顔』に育ってほしい」と願う。
実寸大パネルで来場者を出迎え
ちょっと垂れ目で若々しく、優しさを漂わせる漱石に、どんぐり眼で厚めの唇が「お山の大将」といった雰囲気の子規。漱石158.8センチ、子規163.9センチという実際の身長と同じ大きさのパネルが展示棟で来場者を出迎える。他にも施設内の電子看板や年表パネルに、西山さんのイラスト、漫画が使われている。
西山さんは子どもの頃から絵がうまく、「天才バカボン」や「Dr.スランプ」を模写し、松山大で漫画研究部に所属した。1994年に旧北条市(現松山市)に入ると、広報や市民との対話を行う部署で長く働き、手伝いで広報紙などにイラストや挿絵を描くこともあり、絵が得意なことは庁内で知られていた。
顔の印象が全てを決める
こうした経験を買われ、今年2月、愚陀佛庵の再建を担う部署の兼務辞令を受け、展示物で使うイラストを描くことに。近代文学を代表する2人に大きな影響を与えた場所。「漱石や子規を身近に感じ、食いつくような絵」が求められた。西山さんは「難しい絵にすると難しい場所になってしまう。顔の印象が全てを決める」と語る。
子規は「病弱」、漱石は千円札のイメージが強かったが、愚陀佛庵で同居していたのは28歳の頃。市立子規記念博物館や坂の上の雲ミュージアムの学芸員らと何度も話し合い、イメージを膨らませた。2人の生涯を知りたくて、3月に東京へ行った際には新宿区立漱石山房記念館や子規庵(台東区)に立ち寄った。
下描きが出来ると、松山坊っちゃん会や松山子規会のメンバーに見せて意見を聞き、休日も筆を走らせた。背景画を含めて200カット以上を描き、このうち展示物に使用されたのは4分の1程度。漱石は紺、子規は茶を基調とし、パソコンで彩色して仕上げた。「何度も描き直した。子規にかかわる仕事ができてよかった」と振り返る。
尽きぬ創作意欲
市職員の傍ら、絵本作家としても活動するのは「新しいことに挑戦したい」との思いからだった。50歳を前に、地域情報誌の連載漫画が打ち切りとなり、興味のあった絵本コンテストに応募した。2023年、出版社から声がかかり、料理では本来、脇役の漬物を主役にした絵本「つけもん」を出版した。
今年の第10回北九州国際漫画大賞でも、3匹の子豚をモチーフにした「令和のこぶた」で上位入賞した。鉄の家に籠もることでオオカミに食べられる心配はないが、猛暑で焼き豚になってしまうという風刺を交えた4コマ漫画だ。
「絵は小学校から一緒に歩んできた友達」といい、「愚陀佛庵のイラストが来場した人の心に残り、人気キャラに育ってくれればうれしい。頼まれれば、また描く」と語る。創作意欲は尽きない。



