元電波少年チューヤン、香港でクリエイティブディレクターに転身 今も日本愛語る
元電波少年チューヤン、香港で転身 今も日本愛語る

元「電波少年」のチューヤン(53)が、香港でクリエイティブディレクターとして転身した姿と、今も日本を愛する理由を語った。

Xでの再出発と日本語上達

2020年12月、当時48歳だったチューヤンはXを開始。『電波少年』の旅と同じ290日間、毎日投稿し、コメントにも可能な限り返信した。「自分を成長させてくれた日本と、もう一度つながりたい」という強い思いが、彼を外の世界へと導いた。

「Xで短い言葉で自分の言いたいことを話すのはけっこうな訓練ですよ。おかげさまで日本語がうまくなったけど」と語る。かつて「中途半端に」上達したことが足かせとなった日本語は、今では日本とのつながりを再確認させ、彼のエネルギーの源となっている。

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「日本語で話すと幸せな気分になるよ。だって、広東語のように(器用に嫌みを言えるレベルではないから)意地悪は言えないですよ。だから、正直で素直な自分になれます」と述べている。

広告業界でのキャリアと日本文化の影響

香港の広告代理店でクリエイティブ・ディレクターを務めていた頃は、睡眠時間がわずか2時間という過酷な日々を数年送った。その中でCM撮影やCDジャケット、広告デザインなどの分野でキャリアを築いた。

アジア最大級の展示会場のプロモーションを手がけ、アメリカの権威ある広告賞も受賞。日本で培った独自の視点や発想が武器となった。

「日本の文化やデザインを見てきたおかげで、僕のスタイルは、日本の影響を受けています。香港のデザイナーだと思いつかないようなアイデアが出てきます」と語る。

彼の作品には、傘の骨を何重にも重ねた衣装や、釣具やプラスチックの留め具など、廃棄される日常品をアートに転換したものが並ぶ。日用品をクリエイティブに生まれ変わらせる手法には、日本のアニメやデザインから学んだ「シンプルな中にインパクトがある」というこだわりが受け継がれている。

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