森のホテル総支配人・美丈夫は、従業員から深く慕われている。その好感度の一因は、彼の鷹揚な性格にある。
総支配人の鷹揚な管理術
美丈夫は総支配人としてホテルに戻ってきたが、従業員たちのこれまでのやり方を尊重し、自らの管理下に置こうとはしなかった。客からのクレームには堂々と対応し、売上や評判には注視して対策を練る一方、人間関係や慣習については長年在籍する者の意見を優先した。よく観察しているが、細かい指示は出さない。
蝙蝠の媚びへつらいも、ポーターのチップ争奪戦も、厨房スタッフと給仕たちの小競り合いも、洗濯部屋での女たちの噂話も、誰の側につくことなく悠々とした笑みで流してしまう。
「歩く案山子」と称される日常
美丈夫は街に家を持ち、森のホテルに通っていた。ホテルにいる間はじっとすることがなく、厨房や洗濯部屋、カフェ、清掃中の客室とあちこちに顔を出し、笑顔で見守り朗らかに声をかける。天候やトラブルで帰れない日はフロント裏の小部屋の簡易ベッドで大きな体を縮こめて仮眠を取り、書類仕事もそこで済ませた。休憩室で従業員と歓談していても腰を下ろさず、賄いも立って食べるため、「歩く案山子」と揶揄されることもあった。
そのたびに誰かが「あんなに頑丈な案山子があるか」と反論し、「板金鎧だろ」「歩く彫像だな」「いっそ作って正面玄関に飾ったらどうだ。少しは座るようになるかもしれない」と皆が笑った。美丈夫は六十を過ぎても恰幅が良く、心も健康そのものであった。休憩室でからかわれても一緒になって笑っていた。
煙の夜回りと鍵束の継承
そんな美丈夫だったので、煙が毎夜、鍵束を持ってホテルを見回っていることも気にしていなかった。スモーキングルームを始め、客室以外の部屋の施錠は、初代総支配人である針金の仕事だった。煙はそれをそのまま受け継いでいた。



