チャン・リュル監督が同時発表した2作品
中国出身で東アジア各国で作品を発表し続けてきたチャン・リュル監督が、2本の新作「春樹」と「ルオムの黄昏」を同時に公開した。両作はそれぞれ別の物語でありながら、同じ俳優を起用し、共通のテーマを描く姉妹作品となっている。漢詩のような情緒の中に、消えていった物や人への追憶を紡ぐ秀作だ。
「春樹」:故郷への帰還とアイデンティティの喪失
「春樹」の主人公・春樹(チュンシュー)(バイ・バイホー)は、北京での映画俳優の生活に見切りをつけ、故郷の四川省成都に戻る。かつて彼女に演技を教えた恩師(リウ・ダン)は認知症で言葉を失いつつあった。春樹も俳優になるために故郷の方言を捨て、中国の標準語である「普通語」を習得したことで、自身が何者か見えなくなっている。この作品では、かつて隆盛を誇った国立映画撮影所の跡がロケ地に選ばれ、さまざまな記憶をフィルムに刻み込んだ場所をいとおしむような時間が流れる。
「ルオムの黄昏」:失われゆく町と恋人の痕跡
「ルオムの黄昏」は、四川省の羅目(ルオム)という小さな町を舞台にした作品。ダンサーの白(バイ)は、3年前に突然失踪した恋人の王(ワン・チュアンジュン)の手がかりを求めてこの町にたどり着く。白は古い町のあちこちを巡るが、恋人の痕跡だけが幻のように現れ、彼女を惑わす。この町自体が開発により失われる運命にあり、静けさをたたえた路地や、どこからか幻想的に響いてくる汽笛の音から哀感が伝わってくる。
共通するテーマ:喪失と記憶の積み重ね
両作に共通するのは、喪失と記憶へのまなざしだ。爆走しながら変化を遂げる中国の中で、大きな事件が起きるわけでもなく、喧騒とは無縁のたゆたうような時間が描かれる。その後に残るのは、記憶だけが静かに降り積もる感覚。チャン監督がすくい取ったのは、こうした時間の集積なのだろう。登場する人、場所はみな、何かを失い、あるいは失われようとしている。
シネスイッチ銀座での上映と運命的なタイミング
上映館は、10月をもって閉館することが発表されたシネスイッチ銀座。多くの人が行き交い、スクリーンに映し出される夢に浸った愛すべき映画館が、終幕を前にこうした作品を上映することに、運命的なものさえ感じると、読売新聞文化部の浅川貴道記者は評している。『春樹』は2時間2分、『ルオムの黄昏』は1時間39分で、いずれも公開中。



