特殊メイクアップアーティスト、造形作家、映像作家、ミュージシャン、教育者として国内外で活躍したスクリーミング・マッド・ジョージ(本名:谷譲治)さんが亡くなったことが、17日、マネージャーのXで公表された。これを受け、YOSHIKIが19日、自身のSNSを通じ、追悼コメントをつづった。
YOSHIKIの追悼コメント
YOSHIKIは「スクリーミング・マッド・ジョージの訃報を聞き、深い悲しみに包まれています。彼は本当に素晴らしい人でした。X JAPANの『Jealousy』のアートワークを手がけ、後に僕が運営していたレーベルと契約してもらうご縁もありました。彼が遺した素晴らしい功績は、これからも永遠に生き続けます。心よりご冥福をお祈りします」としたためた。英文でも同様に伝えた。
ジョージさんの経歴と功績
ジョージさんは1956年10月7日生まれ、大阪府出身。18歳で単身ニューヨークへ渡り、スクール・オブ・ビジュアルアーツでファインアートを学んだ。在学中にパンクロックバンドを結成し、ライブ表現を追求するなかで、独学で特殊メイクの技術を習得。その後、特殊メイクの第一人者であるリック・ベイカー氏に認められ、ハリウッドで日本人初となる自身の工房を構え、多彩な作品を発表した。
映画『ポルターガイスト2』『エルム街の悪夢4』『帝都大戦』などをはじめ、マリリン・マンソン、オジー・オズボーン、コーン(KORN)、メタリカ、聖飢魔IIらの作品に参加。1992年には日本武道館で開催された『EXTASY SUMMIT 92』に出演。また、大阪芸術大学の客員教授を務めた。
晩年と死因
2024年頃より体調を崩し、脚が不自由となり、車椅子での生活となっていたという。マネージャーのXによると、「2026年2月、入浴後に意識不明となり、心臓が停止しました。家族が救急隊からの電話による指導のもと懸命な対応を行い、一命を取り留めました。その後、救急搬送され、ICUにて治療を受けました。4日間、家族が寄り添い続けましたが、意識が戻ることなく、安らかに息を引き取りました」と報告された。



