大阪市西成区のメダデ教会で、牧師の西田好子さん(70)が、イシズという信徒の息子と対面した。イシズの息子と連絡が取れたという知らせを受け、区役所に駆けつけた西田さんは、本人と見まがうほど似ている息子にすぐ気づいた。
西田さんは、状況次第ではケンカも辞さないつもりでいた。「イシズは妻子に見捨てられた」と思い込んでいたからだ。しかし、50歳代の息子は誠実そうな人柄が全身からにじみ出ており、西田さんはすっかり毒気を抜かれた。息子はイシズの籍からは抜け、母方の姓を名乗っているという。
「父は、絶対にろくな死に方はしないと思ってました」
息子は静かに語り始めた。「僕が3歳、妹が0歳の時、父は女を作って出て行きました」。息子と妹は一時、施設に入った。のちに両親はよりを戻し、イシズは清掃の仕事で家族を養ったが、再び同じ過ちを犯した。「僕が小学生の時、また女を作って出て行ったんです」。母は女手一つで2人を育て、自身も早くに働きに出て母を支えた。
「よう、スレんかったなあ」と西田さんが思わず言葉を挟むと、息子は「貧しくて、スレる暇もありませんでした」と苦笑した。
イシズと最後に会ったのは中学生の時。偶然街で見つけ、力ずくで家に連れ戻したが、何の説明も謝罪もないまま、イシズは再び姿を消した。「以来ずっと、野垂れ死ねばいいと思っていました」。高齢の母は「二度と関わりたくない」と、この場には来なかったという。
「見捨てられた」と思い込んでいたのは…
西田さんは言葉を失った。「見捨てられた」と思い込んでいたイシズは、家族を「見捨てていた」。そして思い当たった。妻子の話題に黙り込んだこと、最後の日々に笑顔を見せなかったこと。その裏にあった意味に。
それでも西田さんは、息子に知ってほしいと思った。イシズが信徒たちから献身的な介助を受けたこと、歌と笑いに包まれながら逝ったことを。西田さんは「イシズは十分、苦しんだ。そして、めちゃくそ愛されたんや」と伝えた。野垂れ死ぬものだと思っていた父の最期に、息子は驚いたようだった。
西田さんが「赦したってちょうだいね」と言うと、息子は「はい」とも「いいえ」とも言わず、何かを考えていた。そして「引き取りは、親族」の決まりに従い、一人でイシズの遺骨を保管する斎場へ向かった。
遺骨とともに教会へ
数時間後、「いま、教会に向かっています」と息子から電話があった。商店街の一角で、息子は包みを解き、イシズの骨つぼを差し出した。西田さんが「1週間くらい手元に置いといたら……」と言うと、彼は首を横に振った。西田さんはこのまま別れたくなかった。「今度、新しい教会が建ちますねん。完成したら記念会(法事)を開くから、絶対、来てな!」。息子は柔和な表情を浮かべ、今度ははっきり「はい」と答えた。
教会に戻った西田さんは、イシズの遺骨を前に「イシズよ、あんたは罪を償うために教会に来たんやねえ」とつぶやいた。その目的が達成されたのかはわからない。心の棘を残したまま、最後は息もできないほど苦しんだ。肉体が滅んでから息子と「再会」し、皆の待つ教会に戻ってきた。
西田さんは考えがまとまらないまま、頭に浮かんだ言葉を口にした。「あんたは、神に愛されとる」。そう言って西田さんは泣いた。めちゃくそに泣いた。
イシズがいたアパートの部屋には、今年からメダデ教会に加わった信徒(88)が住み始めた。彼の血圧を測るのが、信徒たちの新たな日課となった。西田さんに「禁煙できて、偉い」と褒められ、にっこり目を細める信徒の姿は好々爺そのもの。だが、彼の前科は10犯。物心付いた頃に近所の神社で賽銭をくすねたのを手始めに、窃盗や事務所荒らしを重ねてきた。
罪と向き合い、新しく生きる
イシズの息子と会ってからというもの、西田さんは「罪」についてこれまで以上に深く考えるようになった。キリスト教には誰もが生まれながらに罪を背負う「原罪」の考えがあるが、ここで言うのはもっと世俗的な罪のことだ。例えば暴力、窃盗、違法薬物、無銭飲食……。先日も、ある信徒が拾った財布の札を抜こうとした。浮気し、家族を見捨て、道を外れる。イシズのように法では裁ききれない罪を背負う者もいる。
「メダデ教会は罪の見本市みたいなもんや。年いけばいくほど、罪は増えていく。そして罪を罪とも思わんようになっていくんや」。だから西田さんは信徒たちに過去を洗いざらい話させる。その営みは、アルコールや薬物の依存症者が立ち直るための自助グループと似ている。互いに体験を打ち明け、弱さを認め合う。細く険しい、でも確実な更生の道だ。
「過去は、なんぼ頑張っても消せん。後悔ばっかりではアカンねん。罪と向き合うだけやのうて、新しく生きることが大事なんや」。
罪多きメダデ教会の信徒たちのことを考える時、西田さんが真っ先に思い浮かべる人物がいる。その信徒は、イシズの葬儀から1か月後の4月29日、名古屋刑務所を出て、教会に戻ってきた。人一倍重い罪を背負い、新しく生き直すために、もがき続けている。人を殺めた過去を持つ男だった。



