国際派女優でエッセイストとしても活躍した岸惠子さんが93歳で亡くなった。岸さんはチェコスロバキアの民主化運動「プラハの春」を目撃し、独立直後のバルト三国を取材するなど、ソ連・ロシアの膨張の歴史を肌で感じてきた。近年はウクライナ侵略に抗議の声を上げ、日本人に大国の横暴で「国境が動く」実態を訴え、世界に関心を持つよう警鐘を鳴らし続けた。
ソ連は黙って見ていなかった
岸さんは日仏合作映画の撮影がきっかけでイブ・シャンピ監督と結婚(後に離婚)し、パリに居を構えていた。著書「30年の物語」によると、1968年、フランスの「5月革命」の騒乱のさなか、プラハでロケをしていた夫から「ソ連型共産主義の変貌の様子を見に来い」と誘われて向かった。プラハの旧市街の広場で2人の青年から「ドルをお持ちじゃありませんか? 公定価の5倍で買いたいんです」と声を掛けられた。岸さんが「もうすぐ旅行も自由になるんでしょうに、なぜそんなに急ぐんです。なぜそんなにドルが欲しいんですか?」とたずねると、青年は「ソ連が黙って見ていると思いますか?」と答えた。ソ連は黙って見ていなかった。3か月後、ソ連などワルシャワ条約機構軍が侵攻した。
ポーランドは2回も消滅
1992年、岸さんはテレビ朝日の番組取材でバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)を訪れた。第二次世界大戦中の1940年から91年までソ連に不当に併合・占領された国々だ。日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した「ベラルーシの林檎」で、当時のことを「国境が動く恐さを私たちは知らない。人を呑み込み踏み倒して、時の強者の匙かげんひとつで膨らんだりしぼんだり、東西南北自在に動き廻る不気味な国境」とつづっている。令和4(2022)年の合同取材会でも「国境というものは動くものなんですよね。ポーランドなんて、2回も地図から国がなくなっている」と強調した。
平和じゃない国、認識を
令和3(2021)年の「家庭画報」のインタビューでは、「今の日本は世界中で一番平和です。平和ボケでも構わないけれど、せめて、そうではない生活を強いられている人たちが世界にはたくさんいることを認識してほしいと思います」と訴えた。戦争のない日常を当たり前と思わず、遠い国で起きている出来事を自分のこととして考える。岸さんが世界各地での見聞を通じて日本人に求めたのは、現実的な国際感覚だった。



