句碑除幕式に多くの関係者
明治・大正時代に活躍した浜松市出身の俳人、松島十湖(1849~1926年)の没後100年を記念した句碑が、同市中央区の元城町東照宮境内に完成し、11日に除幕式が行われた。句碑には十湖が1923年5月3日、徳川宗家16代当主・徳川家達を浜松に迎えた際に詠んだ「浜松は 凧日和なり 青葉吹く」が刻まれている。初夏のさわやかな風が吹く浜松まつり当日の様子を表した一句だ。
旧派俳壇の第一人者
十湖は松尾芭蕉の作風を継承する旧派俳壇の第一人者で、門弟が全国に約1万人いたとされる。二宮尊徳の「報徳思想」を重んじ、政治家として天竜川の治水事業に私財を投じるなど、地域振興にも貢献した。浜松市は2007年度から、十湖の名を冠した俳句大会を開催している。
顕彰の言葉と記念講演
除幕式では、句碑を建てた西遠連合報徳社の山下智之理事長が「十湖は生涯に8000の句を詠んでおり、日本一の俳人ではないか」と紹介。その後、旧清水市(現静岡市)出身で十湖の研究に取り組んでいる伴野文亮・東北大東北アジア研究センター准教授が記念講演を行い、「報徳と俳諧をうまく融合させた人物はほかに例がない。日本近代社会の中で非常に存在感があった」と十湖の功績をたたえた。
句碑の規模と意義
句碑は縦1.3メートル、横1.1メートルの石碑で、元城町東照宮境内に設置された。十湖の没後100年に合わせて建立され、地域の歴史と文化を後世に伝える役割を果たす。



