戦争孤児と元教師の希望描く「わたしの知らない子どもたち」映画評
戦争孤児と元教師の希望描く「わたしの知らない子どもたち」

映画「わたしの知らない子どもたち」(新宿ピカデリーなどで公開中、2時間30分)は、戦争孤児の少女と、かつて教師だった女性の姿を通して、絶望の先にある希望を描く。戦争がテーマの作品にありがちな、メッセージ性だけが突出するのではなく、エンタメ性とのバランスが絶妙だ。

音楽を愛した少女のサバイバル

音楽家の父のもとで育ち、音楽を愛していた少女・茅野琴子(小八重葵美)は、戦争で家も家族も失い孤児となる。焼け野原となった東京で、琴子は身を守るため性別を隠し、少年として生きようとする。同じ境遇の少年たちと出会い、列車内で新聞を配る仕事などをしながら日々を懸命に生き抜く。時には隠匿物資の窃盗に手を染めるが、琴子にとって仲間との日々はかけがえのないものだった。

戦争前と戦後で環境が大きく変わっても、琴子は凛とした表情を変えない。劣悪な環境でも仲間と過ごす時は喜びの色を浮かべ、焼け跡で偶然会った同級生の少女に「学校に行っているのか」「ピアノはもうやっていないのか」と問われ、その顔に陰が浮かぶ。彼女の動揺が、見る側の心にもさざ波を立てる。

もう一人の主人公・曽根文美子

もう一人の主人公は、琴子の学校の教師だった曽根文美子(二階堂ふみ)だ。彼女も戦争で婚約者を亡くし、教師という立場も生きる意味も見失っていた。戦争中は極端な愛国主義を子どもたちに強いていたが、戦後は婚約者との間に生まれた子を抱え、体を売って生活せざるを得なくなる。

琴子のように戦地や空襲で親を亡くした孤児は数多くいたが、生きたくても生きられなかった子もいるし、生きることを自ら放棄した子もいる。寄る辺なき若い女性にとっても困難な時代だった。琴子も曽根も、人生を諦めたくなるような出来事にたびたび見舞われる。

希望を与える人々の登場

だが、この映画は決して彼女たちを見捨てない。琴子を助けた海苔漁師の山井甚平(役所広司)とその妻・けい(田中裕子)もそうだ。戦争で息子を亡くした夫婦は、琴子から生きるための光を見いだす。

曽根にとっても生きる希望は幼い我が子であり、琴子だった。琴子の父親の友人から依頼を受けた曽根は、琴子の行方を必死に捜し回る。その行為が、我が子とともに生きていく強さと覚悟を曽根にもたらした。最終盤で琴子と曽根が見たものが、希望であることを願わずにはいられない。(読売新聞文化部 前田啓介)