兵庫県内初の金箔瓦、姫路城下町跡で出土 秀吉期の城瓦か判断難しく
兵庫県内初の金箔瓦、姫路城下町跡で出土 秀吉期か判断難しく

兵庫県姫路市の姫路城城下町跡から、織田信長と豊臣秀吉が樹立した武家政権「織豊政権」の威光を示すとされる「金箔瓦」が見つかった。兵庫県内での初出土となる。調査に当たる同市埋蔵文化財センターは「羽柴(豊臣)秀吉が築いた姫路城の瓦かどうかは判断が難しい」としており、開催中の秋季企画展で公開している。

県内初出土、溝跡から瓦片

金箔瓦は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、主に信長や秀吉らが城郭などにふく瓦の文様に金箔を施したもの。自らの権力や威厳を示したとされ、近畿を中心に東北から九州まで各地で発見例があるが、県内では織豊系の建築物は多くあるものの、金箔瓦は見つかっていなかった。

同センターが令和7年に姫路城・中曲輪内の遺構を発掘調査した際、武家屋敷一帯の溝跡から軒丸瓦の「瓦当」部分とみられる半円形の瓦片が出土。文様の一部に金箔が確認され、その下地に漆が塗られていることも分かった。

秀吉期の瓦かは判断できず

現存する姫路城が築造される以前には、秀吉による築城が行われたことが分かっているが、金箔瓦の存在は未確認だった。同センターは今回の発見を「衝撃」と受け止める一方、見つかったのは1点のみで、城郭直下ではない江戸時代後期の遺構からの出土とあって、「秀吉時代の姫路城に伴う遺物かどうかは判断できない。収集物としての金箔瓦片の可能性もある」と調査を担当する文化財専門員の山下大輝さんは話す。

「調査・分析を積み重ね、見つかった金箔瓦の来歴を突き止めたい」と山下さん。秋季企画展「TOYOTOMI IMPACT-羽柴・木下期姫路城研究の新地平-」は12月20日まで開催されている。