小林恭二さん17年ぶり新作『三鬼』、昭和10年代を舞台に西東三鬼を描く
小林恭二さん17年ぶり新作『三鬼』、西東三鬼を描く

歴史やSFを取り込んだメタフィクション的な物語を紡いできた作家の小林恭二さん(68)が、17年ぶりとなる新作小説『三鬼』(講談社)を刊行した。新興俳句の旗手、西東三鬼の世界を股にかけた活躍を描く、虚実入り交じった大作だ。

昭和10年代への思いと現在の時代への危機感

小林さんは「そもそも昭和10年代を書きたかった。小説であまり書かれていない時代で、若い頃の父や(自身と親交のあった)俳人の三橋敏雄さんが生きた時代でもあったのも大きな理由です」と語る。

物語は昭和15年(1940年)を舞台に、「京大俳句」の同人たちが治安維持法違反で一斉検挙されるなか、特高から追われる身となった三鬼の姿を描く。ハードボイルドやスパイ映画のように展開し、三鬼は戦争の不穏な空気に覆われてゆく日本とシンガポールを駆け抜けていく。恋愛要素なども盛り込みつつ、史実が入り交じるエンターテインメントに仕上がった。

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執筆の原動力となった現在の世界情勢

「今から見ると戦争という瘴気でゆがんで見えるが、その時代その時代の青春や未来があったのではないか」と小林さん。

ロシアや米国などの大国の力による現状変更によって世界情勢が揺れ動く現在の状況も、執筆の原動力になったという。「書き始めてから、時代が押してくれる感覚があり、ガッと筆が乗った。今の時代がきな臭くなり、これまでとは違う報道があり、『これは俺が書けるんじゃないか』と感じた」と振り返る。

『俳句という愉しみ』(岩波新書)など俳句にまつわる著作も多く、長年の蓄積を発揮し、作品内では三鬼らの俳句を引用し、当時の時代背景なども詳細に述べる。<水枕ガバリと寒い海がある><緑蔭に三人の老婆わらへりき>などの句の特徴を語り手が論じるパートもある。「作者がずうずうしく顔を出しちゃった」と快活に笑う。

17年のブランクと復帰のきっかけ

兵庫県生まれ。東大在学中は「東大学生俳句会」に在籍。1984年に『電話男』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。歌舞伎が最大の娯楽である架空の日本を舞台にした三島由紀夫賞受賞作『カブキの日』、人類の欲望と快楽の世界を壮大なスケールで描いた『ゼウスガーデン衰亡史』などを発表してきた。

現在は専修大の教授を務め、文芸創作などを担当している。17年間、新作が出なかった理由を、「ここ15年くらいは教員の仕事も忙しくて……。自分の書く小説が時代と合わないなと思っていた部分もあった」とぽつりと明かす。背中を押したのは知人との句会だったという。「手荒な言葉の並べ方を思い出した。なんでもかんでも出してしまう騒がしさ。それが自分の書き方なんだと」。どこか満ち足りた表情だった。

西東三鬼に再び注目

今作によって、西東三鬼という人物にもあらためて注目が集まりそうだ。西東三鬼(1900~62年)は岡山県生まれ。歯科医となり、患者の誘いで俳句を始めた。<昇降機しづかに雷の夜を昇る>の句が世情不安をあおると弾圧され、潜伏生活を送った。戦後は現代俳句協会を創設した。反戦や性、異国的モチーフを大胆に詠んだ作風で知られる。

『西東三鬼全句集』(角川ソフィア文庫)は既刊句集を収録したほか、初句や季語索引、年表や自句自解を収録する。解説で小林さんは「昭和俳壇を走り抜けたまばゆい光を発する彗星のように思えてならない」と記している。

小説『神戸・続神戸』(新潮文庫)は第2次大戦下の神戸のホテルを舞台に、異国の人々の姿を描く。死と隣り合わせでありながら祝祭的な日々をユーモアあふれる文体でつづり、三鬼の多才さを感じさせる一冊だ。

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