「なんといってもお店の間口三十六間(約六十五メートル)、江戸でも屈指の大店中の大店でございますから」
度肝を抜かれるとはこのことだ。藩士長屋がいくつ並ぶことか。母上も清乃も、そのような店で反物を買えというのか。というより、女子はなぜそうした情報に聡いのであろう。
時蔵の説明に驚く倫太郎
「やはり、その、品物の値も張るのであろう? そのような大店であれば」と倫太郎が尋ねると、時蔵は笑みを見せて答えた。
「いえ、現金掛け値なしという商売で当たりを取った店でございますので、むしろお安いかと存じますよ。つけ払いではなく、その場での支払いですから、銭が必要になりますけどねえ」
「なるほどそうか」倫太郎はわかったような顔をして頷いた。つけ払いだと利息が上乗せされるが、三井越後屋では現金払いだから、それがない。そのため、他店よりも安いことになる。
江戸の商いの現実
桶を空にした棒手振りが横を通り過ぎていく。顔が綻んで見えたのは、すべて売り切れたからだろう。大きな商いでも、小さな商いでも、みな必死だ。いずれもこの江戸で生き残るためだ。
あらゆる品、あらゆる食い物が集まる。しのぎを削る。この町の途方もない大きさに驚嘆しつつも、倫太郎はどこかチグハグさを感じていた。



