徳川家康が鷹狩り後に休んだ「御茶屋」遺跡、埼玉・北本市で発見 外郭の約7割を確認
徳川家康の「御茶屋」遺跡、埼玉で発見 鷹狩り後の休憩施設

徳川家康が鷹狩り後に利用した「御茶屋」の遺跡、埼玉県北本市で発掘調査が進む

埼玉県北本市内において、江戸幕府初代将軍・徳川家康が鷹狩りを楽しんだ後に休憩したと伝えられる「御茶屋」の遺跡が発見されました。市の文化財保護課は2020年度から本格的な発掘調査を実施しており、このほど御茶屋の外郭部分の約7割を確認することに成功しました。

将軍専用の休憩施設「御茶屋」の実態に迫る貴重な発見

徳川家の将軍たちが利用した御茶屋は、東海道を中心に約100か所に設置されていたと記録されています。しかし、完全な形で遺構が確認された例は極めて少なく、今回の発見は歴史的に非常に価値が高いものと言えます。今後の調査次第では、これまで詳細が不明だった御茶屋の全体像が明らかになる可能性も期待されています。

遺跡が発見されたのは、荒川が西側に流れる石戸宿と呼ばれる地区です。2026年2月21日には、近隣住民を対象とした現地説明会が開催され、多くの関心を集めました。

「時代劇のイメージとは全く異なる立派な施設」

現地説明会で市文化財保護課の担当者は、「御茶屋と聞くと、時代劇で見かけるお団子を食べるような簡素な場所を想像されるかもしれません。しかし、実際はそれとは全く別物で、きちんとした役所のような格式高い施設でした」と解説しました。

推定される敷地面積は約1.5~2ヘクタールと広大で、将軍の権威を反映した壮大な構造であったことが窺えます。鷹狩りは当時の将軍にとって重要な儀式的行事であり、その後の休息の場である御茶屋も、単なる休憩所ではなく政治的な意味合いも持つ施設だったと考えられます。

この発見は、江戸時代初期の将軍の生活様式や移動時のインフラ整備について、新たな知見をもたらすものとして注目を集めています。北本市では今後も発掘調査を継続し、歴史的遺産の保存と研究に力を入れていく方針です。