芸術家たちを支えた一杯の「バタ丼」
東京芸術大学(台東区上野公園)の学食「大浦食堂」で長年愛された名物料理「バタ丼」。マーガリンで炒めたもやしと豆腐をご飯にのせたシンプルな一品は、金欠の学生たちの胃袋と心を満たしてきました。坂本龍一さんや平山郁夫さん、葉加瀬太郎さんら多くの芸術家が青春時代に通い、その味を記憶に刻んでいます。
しかし、新型コロナウイルス禍の影響で2021年に閉店。それでも卒業生たちの熱意で、食堂とマスターの思い出を綴った本が出版されました。その物語をたどります。
伝説のバタ丼、そのレシピと名前の由来
強火で熱したフライパンにマーガリンをひとさじ、豆腐半丁を並べ、もやしを加えて醤油を回しかける。落としぶたをして2分ほど。熱々のご飯にのせれば完成です。マスターの北沢悦雄さん(77)は「バターだと乳臭さが出るし、マーガリンの方が安い。でも名前はバターの方がかっこいいからバタ丼」と笑います。
マスターが見た芸術家たちの素顔
北沢さんは1969年に学生アルバイトとして食堂で働き始め、1988年に3代目の店主に。日本画家の平山郁夫さんは学生時代、自作の絵をツケとして預けて食べに来ていたといいます。坂本龍一さんは高校時代から通い、卒業後もわざわざ食堂まで会いに来てくれたそうです。葉加瀬太郎さんはよくバイオリンを弾いていたとか。
コロナ禍で閉店、それでも続く絆
2021年2月3日、84年の歴史に幕。最終日には多くの卒業生が駆けつけました。その後、2023年7月に卒業生6人が北沢さんを囲み、本の出版を企画。クラウドファンディングで367万円が集まり、335人からエピソードが寄せられました。タイトルは「腹が減っては“藝”はできぬ」。
4月末には出版記念祝賀会が開かれ、約45人が参加。元学長の宮田亮平さんは「マスターは学内事情に精通していて、教授会の内容まで詳しかった」と笑いました。代表の亀井伸二さんは「大浦と言えばバタ丼。みんなの居場所であり、作家を支えた場所だった」と語りました。
芸術家たちの血となり肉となった伝説の一杯。食堂はなくなっても、その味とマスターの笑顔は、人々の記憶に刻まれ続けます。



