フジ・メディア・ホールディングス(FMH)は「メディアを持つコンテンツカンパニー」を目指し改革を進めている。保有するIP(知的財産)の価値を最大化するには、ファンとの接点を増やし熱量を高め、新たな価値創造へつなげることが不可欠だ。進化の激しいAI(人工知能)テクノロジーの活用も、コンテンツカンパニーのカギを握る。5月に策定した中期経営計画「グループビジョン」で成長戦略の柱に据えた「両輪」で、いかにコンテンツビジネスの未来を拓くのか。その狙いを探った。
リアルな体験で広げる〝推し活〟経済圏
日本の推し活人口は4人に1人、市場規模は4.1兆円(推し活総研調べ)に及ぶとの試算もある。「好きでつながる」ファンとの関係を育むのに必要なことは何か。FMH取締役の石戸奈々子氏と、FMH取締役専務執行役員でニッポン放送代表取締役社長の檜原麻希氏に聞いた。
檜原氏は、ラジオはもともと「1人しゃべり」のメディアで、「糸電話でつながっているような感覚」をリスナーに持ってもらえるパーソナリティーの発掘が重要だと語る。リスナーを第一に考え、番組スタッフ、スポンサー、リスナーが三位一体でお互いをリスペクトすることで大きな力が生まれるという意識を持っているという。
石戸氏は、現実的には1対多数だが「まるで1対1であるような心理的距離」を生み出せることが強みだろうと指摘。リスナーと番組を一緒に育てる参画感を共有し、パーソナリティーの成長を追い、応援する。〝推し活〟の原型がここにあると述べた。
ライブイベントとファンダム形成
ライブイベントも関係形成の大きな原動力だ。檜原氏は、2024年に約5万3000人を動員した『オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム』を例に挙げ、リスナーは1人で来ている人が多いが、そこに5万人の仲間がいることに気が付き、幸せを感じると説明。リアルな体験の積み重ねが、1対1のパーソナルな絆を「ファンダム」へと昇華させる仕掛けになっていると語る。
石戸氏は、FMHはさまざまなメディアを持ち、配信やSNS、リアル空間での体験を組み合わせることで、統合メディア化していける可能性があると指摘。IPを軸に、ファンとの接点や価値を生み出す循環をさらにどう作るかが今後の課題だと述べた。
持続可能なコンテンツ作りと4軸戦略
FMH全体で、ファンとともにIP・コンテンツを継続的に盛り上げるために重要なことについて、檜原氏は、コンテンツを中心に映画、ライブ、グッズなどさまざまな接点がある中、どのようなストーリーを描いて、ファンと仲間になっていくのか、その距離感や約束事をどう設定するかが重要だと語る。一過性のメガヒットを狙うより、長く愛される持続可能なコンテンツ作りが大切だという。
石戸氏は、『サザエさん』や『めざましテレビ』のように、日常生活に溶け込んで生活リズムを作るコンテンツは、習慣的に愛されるので本当に強いと指摘。ネットとリアルの循環によりファンの熱量を高め、コンテンツを単なる消費で終わらせずに「新たな価値創造」へとつなげることが重要だと述べた。
ファンとともに会社が成長するための必要な戦略について、石戸氏は、FMHにはテレビ番組発でゲーム、グッズ、映画、仮想現実(VR)などへと広がった『逃走中』のような手本となるIPは多いと指摘。①IP・クリエイターへの投資②AIとデータの本格活用③海外ファンとの関係の形成④ファンと深くつながるためのリアルな体験の場―という4軸を推進し、ファンと一生付き合う関係をグループ一丸で作るべきだと語る。
檜原氏は、優先的に投資すべきは「人」で、「想定外の考えやアイデアを出せる人」をどれだけ発掘し、一緒にやっていけるかがカギになると述べた。
『逃走中』シンプルの強み
黒スーツにサングラス姿の「ハンター」から逃げて賞金を得る―。22年前に誕生した『逃走中』は、テレビ番組の枠を超え、映画や配信、ゲーム(シリーズ累計150万本突破)、アニメ、書籍(シリーズ累計65万部突破)、グッズ、舞台、海外への番組販売、「逃走中VR」イベントなど、多角的なIP展開が進んでいる。
「鬼ごっこをベースにしたシンプルなルールと、ハンターのキャラクター性が成功の要因」。そう話すのは、番組の企画立ち上げからプロデューサーとして携わり、生みの親でもあるフジクリエイティブコーポレーション(FCC)の笹谷隆司制作センター長だ。追われるスリルだけでなく、逃走者同士の駆け引きなど人間心理に切り込んだ作風がキッズ・ティーン層に加え、親世代からも支持を集める。
「見るだけでなく、自分も参加したい」という視聴者の欲求に応えた「逃走中VR」では、イベント化で懸念されたケガのリスクを「走らずにワープで逃げる」などのVRならではの仕掛けで解決。スリルや没入感を損なわずにアトラクション化を実現した。
広く愛されるIPを生み出す秘訣について、笹谷氏は「シンプルだからこそ、あらゆるエンターテインメントに姿を変えることができる。そして、その変化を自分たちが心から面白がれるか。自分が『好き』と思えないと、他の人にも面白さは伝わらない」と語る。新たな企画展開の際は、世界観やルールなど核となる部分を堅持する一方、制作現場での対話を大切にし、「こうしたら面白くなる」といった意見をできる限り尊重する。「自分の主観や好みだけで判断すると、想像を超えたものにならないし、自分自身もワクワクドキドキしない」からだ。「いつか各国の代表を集め、世界一を決める『逃走中ワールドゲーム』を開催したい」と笹谷氏は語り、アイデアは尽きない。
AI×人材力で挑む「産業革命」の勝ち筋
プロンプト(命令文)一つで、動画を生成するまでに進化したAI。「産業革命」をもたらすとも言われる新技術を、映像メディアはどう使いこなしていくのか。フジテレビの金森健彦デジタル戦略統括室長に勝ち筋を聞いた。
金森氏は、昨年の映画祭で上映された『マチルダ 悪魔の遺伝子』が印象的だったと振り返る。全編をAIで制作し、非常に低い予算と短い制作期間で作品を完成させた点に、AI活用の一つの到達点を見たという。ただ、目指すのは単に低予算・短期間で作ることではなく、AIを活用してさらに一段上の表現や価値を生み出していきたいと語る。AIは単なる効率化ツールではなく、コンテンツの作り方、届け方、稼ぎ方を再設計し、会社の事業構造そのものを変える「変革の中核エンジン」だと考えている。
今年はAI活用が花開いた年だという。AIを制作ツールとして活用し、作業工数を大幅に効率化することで、少人数・短期間でIPを制作した。ドラマ『119エマージェンシーコール2026 YOKOHAMA BLACKOUT』の事故シーンなどでも、AIを活用している。例えばAIで「7割程度」のクオリティーまで作った上で、仕上げを人の手で行うなど創作の幅を広げている。ただ、作りたいコンテンツは「人の感情を動かす」ものであり、そこはAIには任せられない。作り手がそれぞれ創造力を磨いていくことが重要だ。
作業の効率化に向けては、チームが個別に進めると局所最適(その部署だけが効率化してしまうこと)に陥りがちだ。AI利活用委員会から、会社組織に7月に格上げされた「AIセンター」を中核として、成功事例をまとめて各所に展開し、全体の作業効率を引き上げていきたい。制作現場が課題や目的を定め、AIセンターが技術、法務、予算、外部企業との連携を支える。現場とセンターが一緒に作り方を変えていくことが大切だ。
AIをコンテンツ制作に生かすには、スピード、量、品質という3点を追求し、グローバルな大手制作スタジオと戦えるクオリティーを目指す。リスクや懸念点に対しては、6月公表のAI利活用ポリシーでは、むしろ「使わないことがリスクである」と明記した。AIガバナンスはブレーキでもあり、アクセルでもある。毎月相当数の相談に対し、社内弁護士やエンジニアによる議論を基に回答する伴走体制を整え、現場の挑戦を強力に後押ししている。
今後のビジョンについて、金森氏は、FMHにとってこれまで培ってきた人材こそが最大の資産であり、AIはその資産を効率よく活用するパーツにすぎないと語る。グローバル展開ではAI活用は不可欠だが、人の心に刺さるように「ローカライズ」して調整する役割は人間にしかできない。それを成し遂げる人材の層の厚みは他社に例をみないと思うという。勝ち筋は、AIそのものではなく、AIと人材、IP、現場力を組み合わせることにある。
AIとお笑いの融合『シンギュラ』
AIを活用した『AI実験バラエティ シンギュラ』は新機軸の笑いを生み出し「AI×テレビ」の新たな可能性を示した。企画・演出を手掛けた第3スタジオ制作センターの飛田将斗さんは「AIと人間が競うのではなく、AIを『人間の能力を引き出すツール』と考え、人間の面白さを見てほしいと思った」と語る。大学時代に学んだAIの知見をエンタメへと昇華させた。
番組では、芸人の脳内イメージを生成AIで可視化して回答する「脳内大喜利」や、AIが考えた空想タレントの特徴を芸人が即興で演じる「空想ものまねショー」など斬新な企画を展開。人間の発想力のすごさや「人間味」を引き出すことに成功した。
「長年親しんできたお笑いが、AIという新たな切り口を通して新鮮に映った。人間が『種』を生み、テクノロジーが花を咲かせるという協業ができた」と手応えを語る。一方でAIの台頭がクリエイターの職を奪うとの懸念も根強い。「発想自体をAIに考えさせるやり方は確かに危険。でも、自分の発想を加速させるツールとして使えば、個人でもできる仕事の幅が圧倒的に広がる」と強調する。
「クリエイティブ面でのAI活用の可能性は果てしなく、人間の想像の数だけ広がっている。今後はクイズやドッキリ、恋愛リアリティーショーなど誰もが知る番組のフォーマットを切り崩してみたい」。AIという相棒を得て、人間の創造力とコンテンツの可能性は無限に広がる。