伊藤忠商事のOBに「株長者」続出、従業員持ち株会で築いた「ジャパニーズ・ドリーム」
伊藤忠OBに「株長者」続出、従業員持ち株会で築く (09.03.2026)

伊藤忠商事のOBに「株長者」続出、従業員持ち株会が生んだ資産形成の奇跡

伊藤忠商事の元社員らを中心に、「株長者」と呼ばれる資産家が相次いで誕生している。従業員持ち株会を利用し、定年退職まで自社株を買い続けた結果、ここ数年の株価上昇によって保有資産が大きく膨らんだケースが多数確認されている。好業績時だけでなく、経営危機の際にも積み立てを止めなかった長期投資が、今では「ジャパニーズ・ドリーム」と称される成功ストーリーを生み出している。

40年以上の積み立てで4億円超の資産を築いた元社員の証言

「伊藤忠には感謝の思いしかありませんね」と語るのは、数年前に定年を迎えた元女性社員Aさんだ。1970年代後半に入社後、営業部門を中心に勤務し、現在では伊藤忠商事の株式約20万株を保有。時価総額は4億円を超え、春と秋には計1000万円近い配当を受け取っている。

Aさんは入社後間もなく、先輩社員から従業員持ち株会を「絶対にお得な制度」と勧められた。この制度では、株購入費の10%が会社から補助されるため、実質的な投資効率が高まる仕組みとなっている。当時は男女雇用機会均等法の制定前で、「寿退社」を考えていたAさんだったが、結局は定年まで40年以上にわたり積み立てを継続することになった。

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山あり谷ありの商社業界を乗り越えた長期投資

伊藤忠商事と商社業界は、Aさんが勤務した期間中に大きな変遷を経験している。高度成長期の終焉、1980年代の「商社不要論」、バブル崩壊後の「冬の時代」を経て、2000年3月期には約3000億円の巨額損失を計上する経営危機に直面した。

当時の丹羽宇一郎社長(昨年12月死去)が役員報酬を全額返上し、電車通勤する姿が報道されたほどの苦境の中、株価は1998年9月に168円(株式分割前ベース)まで下落した。Aさんは「同僚が懸命に働く中、会社を応援したい一心だった」と振り返り、紙くずになる不安を抱えつつも積み立てを継続したという。

株価が大きく下落した時期には、同じ積立額でも多くの株数を購入できるため、結果的に現在の資産形成の下地が築かれたことになる。

バフェット氏投資を契機に本格的な株価上昇へ

リーマン・ショックやコロナ禍を乗り越えた後、伊藤忠商事の株価は本格的な上昇局面に入った。2020年夏、米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏が伊藤忠を含む5大商社への投資を開始したことが明らかになると、「投資の神様」に促される形で他の投資家も続き、株価は現在2000円台を突破。10年前の7倍の水準に達している。

今年の正月明けには、伊藤忠商事が自社の株価と金の店頭価格(円建て)の推移を比較した広告を新聞に出稿。10年前の価格を1とした場合、現在の金が7倍に上昇したのに対し、伊藤忠株は14倍に跳ね上がったことを示し、投資対象としての優位性をアピールした。

ほぼ100%の加入率を誇る従業員持ち株会

伊藤忠商事の関係者によると、Aさんのような「株長者」はOB・OGを中心に相当数に上るとみられる。同社は55年前に従業員持ち株会を設立し、2015年度に52%だった加入率は2016年度に77%、2018年度以降はほぼ100%を維持している。

2019年には、持ち株会の加入者を対象に、企業業績が目標に達すれば特別奨励金として自社株を付与する制度も開始。東京証券取引所の調査(2025年3月末時点)によると、従業員持ち株会を持つ上場企業3265社の平均加入率は40.1%、保有株数は平均1388株であるのに対し、伊藤忠商事はこれを大きく上回る数値を記録している。

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「三方よし」の仕組みと潜在的なリスク

従業員持ち株会は、社内預金や財形貯蓄と並ぶ福利厚生の一つとして位置づけられている。従業員は資産形成に加え、経営への参画意識を醸成できる利点があり、企業にとっては安定株主の確保につながる。一般株主にも業績改善による株価上昇の恩恵が期待できるため、企業と社員、株主がウィンウィンとなる「三方よし」の仕組みと言える。

しかし、自社株への集中投資にはリスクも伴う。2010年1月に会社更生法の適用を申請した日本航空では、従業員持ち株会が保有していた日航株の多くが紙くずと化し、社員たちが資産を失う事態が発生した。山一証券や北海道拓殖銀行など、大型破綻の度に同様の悲劇が繰り返されている。

消えつつある愛社精神を継承する存在

伊藤忠商事の株長者たちの存在は、日本企業から消えつつある愛社精神を脈々と受け継いでいるように思える。昨年10月に発行された同社の統合レポートでは、時価8億円相当の伊藤忠株を保有する元女性社員Cさんに言及し、岡藤正広会長が「これも『ジャパニーズ・ドリーム』と呼ぶにふさわしい物語」と記している。

大和総研の是枝俊悟主任研究員は「従業員持ち株会は、給与・賞与の源泉となる勤務先企業と運命を共にする形となる」と指摘しつつ、「ある程度、リスクの取れる範囲内で投資を行い、NISAを主力に分散投資することが望ましい」とアドバイスしている。

昭和、平成を経て年功序列と終身雇用が徐々に崩れ、生涯の転職回数が平均3回に達する現代において、伊藤忠商事の株長者たちのストーリーは、日本の企業文化の変遷を象徴する事例として注目されている。