サクラオブルワリーアンドディスティラリー(広島県廿日市市)が手がけるウイスキー「戸河内(とごうち)」は、自然豊かな山あいの気候が生み出すまろやかな味わいが特徴だ。市場の低迷で一度は撤退したものの、ジャパニーズウイスキーの新勢力として世界の愛好家を酔わせている。
旧国鉄トンネルを貯蔵庫に
中国山地に抱かれた広島県安芸太田町の戸河内地区に、ウイスキーの貯蔵庫がある。元々は、旧国鉄が山間部を走る可部線の延伸に向けて掘ったトンネルだ。厚い岩盤に覆われ、地下水がにじみ出す庫内は、年間を通じて温度が12~13度、湿度は80%以上に保たれている。
涼しく、金属のさびがつらら状に伸びるほどの湿気の中で熟成された原酒は、とげのないなめらかな口当たりへと変わり、バナナに似た香りをまとっていく。
再参入への道のり
ウイスキーの味は「8割が熟成で決まる」とも言われる。どの樽を使うかだけでなく、環境も重要な要素となる。トンネルを選んだ理由について、取締役経営企画室長の竹内慎吾(52)は「最初は節約のためだった」と明かす。
1940年代からウイスキーを造っていたが、需要が低迷した80年代に撤退を余儀なくされた。大量の原酒が在庫として残り、保管費用が重荷になった。そこで91年に、延伸計画の中止に伴って使われなくなったトンネルを、保有していた戸河内町(現・安芸太田町)から安く借りた。
トンネルで熟成すると原酒の質が良くなり、2003年に再参入した。だが、見向きもされなかったという。
海外での評価と新蒸留所
転機が訪れたのは12年。サントリーの「山崎」やニッカウヰスキーの「竹鶴」が海外で脚光を浴びていた。「新たなジャパニーズウイスキーを発掘したい」と、フランスの卸業者から声がかかった。
輸出を始めたものの、いずれ在庫の原酒は底をつく。すでに製造設備はなく、ノウハウを知る人材もいなかったが、「世界中に市場があるウイスキーで勝負したい」と、生産の再開を決断した。
竹内は、社長の白井浩一郎(48)らと手分けして、ウイスキーの聖地と称されるスコットランドのアイラ島や、バーボンで知られる米国の蒸留所を巡り、イチから製造方法を学んだ。17年、約3億円を投じて本社内に蒸留工場を完成させた。
ウイスキーは熟成に3年程度かかり、その間はコストだけがかさむ。竹内は「良いものができるか、自信はなかった」と振り返る。
だが、21年に発売したシングルモルトは、香港や米国の品評会で高評価を受けた。23年に、自社製造の原酒のみを混ぜ合わせ、すっきりと飲みやすく仕上げたブレンデッドウイスキーを投入すると、国内でも人気を呼んだ。
昨秋、生産能力を強化するため、25億円を投じて廿日市市の山間部に整備した新たな蒸留所を稼働させた。来春から一般見学も受け入れる。
地域振興への夢
竹内には今、夢がある。海外の蒸留所のように、周辺に飲食店や宿泊施設を整備し、ウイスキーを基点にした地域振興につなげることだ。「戸河内の蒸留所を目当てに、世界中の人に地域を訪れてもらえるようなブランドに育てたい」と意気込む。
1918年、醸造用アルコールを製造する「中国酒類醸造」として設立。翌年、一般的な酒類に参入した。2021年、海外で通用するブランドの確立を目指し、現在の社名に変更した。地元の素材にこだわったジンやリキュールのほか、梅酒や酎ハイも展開する。ウイスキーには海辺で熟成させた「桜尾」もある。26年9月期の売上高は50億円を見込む。従業員数は109人。