社員寮・社宅が30年ぶり増加、人手不足で「人への投資」に転換
社員寮・社宅が30年ぶり増加、人手不足で「人への投資」に転換

「失われた30年」に縮小・廃止の一途をたどってきた企業の社員寮や社宅が、急ピッチで復活している。深刻な人手不足と住宅費高騰が進むなか、人材の囲い込みと育成をかけた新たな戦略的投資の実態に迫る。

住友電工やマツダ、東急が寮を拡充

兵庫県川西市にある住友電気工業の社員寮では、4月入社の若手社員たちが新設されたラウンジで談笑する姿が見られる。この寮は大卒社員向けで、約2億円を投じて昨年4月に増設された。個室にはエアコンやベッド、風呂やトイレが完備され、負担は月額1万円台。24時間出入り可能で、自立と自由が尊重される一方、寮生同士の自然なコミュニケーションを促す共用スペースも充実している。

入居する男性(22)は「家賃の安さも魅力だが、自分の部屋を出れば誰かと顔を合わせて話ができる。夜遅くに帰ってくる同期を見て『自分も頑張らないとな』と刺激も受ける」と話す。同社は寮を「社員の交流と成長を促す重要拠点」(人事部)と位置づけ、兵庫県伊丹市にある技術系社員向け寮の建て替えも進める。

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マツダは広島県内の五つの寮を統合し、来年4月に800室規模の新寮を稼働させる。個室の居住性を高め、ラウンジやトレーニングルームを設置するほか、食堂棟を地域に開放する。従業員の満足度向上と地域とのつながり強化を打ち出し、「ひと中心」の経営を体現する計画だ。

私鉄大手の東急は昨年、寮・社宅の入居基準を大きく見直した。不動産価格高騰を受け、新入社員の寮費を無料にし、2年目以降の社員が住む寮や社宅の家賃も原則3~4割引き下げた。入居希望者の急増を受け、昨年度は約310室、今年度は約330室を新設する。

30年ぶりに増加へ転じた「給与住宅」

総務省の住宅・土地統計調査によると、企業や官公庁が所有する寮や社宅といった「給与住宅」は1993年(205万戸)がピークだったが、直近の2023年の調査で30年ぶりに増加に転じた。バブル崩壊後、多くの企業はアセットライト経営を貫いてきたが、歴史的な人手不足の今、「人を囲い込み、育てる投資」へとかじを切り直した形だ。

企業の福利厚生に詳しい西久保浩二・山梨大名誉教授は「かつての寮や社宅は全国転勤が前提となる大企業中心だったが、深刻な採用難と人手不足で、中堅・中小にもニーズが広がってきている」と指摘する。人事院の調査では、社宅(借り上げ物件を含む)がある企業の割合を2019年と2024年で比較すると、企業規模が小さいほど伸び幅が大きかった。住宅手当は課税対象となる一方、寮・社宅は企業が一定の利用料を徴収することで所得税がかからない。「社員の手取りを増やす効果も期待できる」(西久保氏)ことも導入を後押ししている。

中小企業には外部サービスも新たな選択肢となっている。農機大手ヤンマーホールディングス傘下のヤンマー情報システムサービス(従業員約250人)は昨年4月、共立メンテナンスが運営する社員寮「ドーミー」の利用を始めた。新大阪の本社近くの施設には東南アジアを中心とした外国籍の社員も多い。松下智也・取締役経営管理部長(53)は「IT業界で最大のリスクは早期離職だ。寮の提供は生活支援であり、人を大事にする経営姿勢を分かりやすく伝えられる。災害時の安否確認もしやすい」と話す。

共立メンテナンスはこうした社員寮を約260棟展開。利用企業だけでなく、土地や建物を所有するオーナーにとっても、ホテルや賃貸マンションに比べて稼働率の波が少なく、収益が安定する利点があるという。大和ライフネクストが展開する社員寮「エルプレイス」の2025年度の契約戸数は、前年度比約8%増の8725戸と、5年前の1.8倍に増えた。

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自治体も定住促進に活用

定住人口の増加につなげようとする動きもある。大阪府泉佐野市は約20億円を投じ、中心部のスーパー跡地に単身寮(100室)を建設中だ。完成後は関西空港を拠点とする格安航空会社(LCC)のピーチ・アビエーションに月600万円で貸し出す。市の担当者は「ピーチは20~30代の若手社員が多い。結婚などで寮を出た後も住み慣れた場所として暮らしてもらえば、将来的な人口増加につながる」と期待を寄せる。ピーチも「職住近接は採用活動での競争力を高める」(広報)と歓迎する。

北九州市では、市外から転入する従業員向けの社宅を整備した企業に、1戸あたり最大50万円を補助している。2017年の制度開始以降、3社157戸の申請があった。市の担当者は「社宅はまとまった人数の移住につながりやすい」と手応えを話す。

つながりが働きがいを生む

企業が提供する福利厚生の中でも、住宅関連が占める割合は大きい。厚生労働省の調査によると、社会保険料などを除く「法定外福利費」で住宅関連の比率は5割前後に達する。

マイナビが新入社員800人に実施した調査では、5人に1人が「職場で孤独を感じることがある」と回答した。「今の職場でどれくらい働くと思うか」との問いでは、孤独を感じたことがある人のほうが早期離職の意向が高い。本城奈々子リサーチャーは「ハラスメント意識の高まりやチャットの普及などで会話が減り、社内での人間関係構築が難しくなっている」と分析した上で、「つながりが希薄だと働きがいも感じにくい。対話環境を増やす取り組みが重要になる」と指摘する。

社員同士のコミュニケーションが強まり、企業への帰属意識が高まれば、そうしたソフト面への期待が「人への投資」として寮や社宅の復活を支える。大和ライフネクストの担当者も「居住空間の充実に加え、コミュニケーションを生み出す仕掛けとして、共用部への関心が高まっている」と指摘する。さらに、複数企業の共同利用を前提とし、共用キッチンやオープンなワークスペースなどを備えた「シェア型社員寮」の設計・提案も活発化している。