ビットコインはなぜ世界一有名な暗号資産になったのか ブランド論から読み解く
ビットコインはなぜ世界一有名な暗号資産になったのか

「暗号資産といえばビットコイン」。そう最初に想起される存在になったビットコインには、経営陣もブランドマネージャーも広報部もない。だれがそのブランドをつくったのか。ブランドの成り立ちを考えるうえで、2009年から動き続けるビットコインは興味深い存在だと、投資家で経営戦略アドバイザーの中島宏明氏は指摘する。

営業、マーケティング、ブランドの違い

ブランドの正体を考える前に、営業、マーケティング、ブランドの違いを整理しよう。営業とは、人が商品やサービスを売る活動だ。営業担当者が見込み客を探し、課題を聞き、商品の特徴や導入効果を説明し、契約へとつなげる。売り手から買い手に働きかけなければ、商品が売れない状態ともいえる。売り込んでやっと売れるのが営業だ。

一方でマーケティングは、売れるための仕組みをつくる活動だ。広告やWebサイト、SNS、セミナー、メール、顧客管理システム、さらにはAIなどを組み合わせ、営業担当者が一件ずつ説明しなくても、見込み客が商品を知り、興味を持ち、購入を検討できる流れを整える。

営業が「人によって売ること」だとすれば、マーケティングは「なるべく属人的な依存を減らし、チームやシステムなどの仕組みによって売れる状態をつくること」だ。では、ブランドとはなにか。中島氏は、マーケティングすら強く意識しなくても、人々から自然に選ばれる状態がブランドであると考える。「あの商品がほしい」「あの会社なら安心できる」「同じような商品はいくつもあるけれど、自分はこれを選びたい」。そうした感情が人々の中に根づき、価格や機能だけでは説明できない選択が生まれる。それがブランドだ。

外見を整えることとブランドを築くことは別

近年は、PR会社、出版社、広告会社、コンサルタントなどが、さまざまな場面で「ブランド」という言葉を使うようになった。ロゴを変えましょう、肩書きをつくりましょう、本を出版しましょう、SNSの投稿に統一感を持たせましょう。もちろん、こうした取り組みに意味がないわけではない。企業や個人が持つ価値を整理し、相手に正しく伝えることは重要だ。ただし、外側の見え方を整えることと、ブランドそのものを築くことは別の話だ。

どれほど美しいロゴを用意しても、商品やサービスに価値がなければ、信頼は長続きしない。SNSで一時的に注目を集めても、発信内容と実態がかけ離れていれば、いずれ違和感を持たれる。ブランドは、自分で「ブランドです」と宣言した瞬間に完成するものではない。売り手がつくれるのは、ブランドを伝えるための表現や機会だ。それをブランドとして認めるかどうかを決めるのは、顧客や利用者、市場、社会の側だ。

ですので、ブランドとは結果のこと。商品をつくり続けた時間、顧客の期待に応えた経験、失敗したときの対応、困難な時期にも事業を継続した実績。そうした無数の出来事が積み重なり、やがて「あそこなら信頼できる」という評価になる。外見を整えるだけでは手に入らないものだからこそ、ブランドには価値があるのだ。

ビットコインは売り込まずに知られていった

このようにブランドを捉えると、ビットコインは極めて特殊な存在に見えてくる。暗号資産やweb3について詳しくない人であっても、「ビットコイン」という名前を一度は聞いたことがあるだろう。世界には数多くの暗号資産があるが、ビットコインと同じ水準で一般に名前を知られているものはほとんどない。企業が保有する暗号資産として報じられるのも、機関投資家向けの金融商品として注目されるのも、決済サービスが最初に対応する暗号資産も、多くの場合はビットコインだ。これはまさに、ブランドが持つ「最初に思い出される力」である。

ビットコインを開発したサトシ・ナカモトは、初期の設計と普及に関わった後、表舞台から姿を消した。現在、ビットコインには運営する本社も、広告戦略を決める経営会議もない。それにもかかわらず、ビットコインは世界中に広がっていった。価格上昇への期待だけが理由ではない。中央管理者を置かずに価値を移転できる仕組み、その技術的な新しさ、既存の通貨や金融システムに対する問いかけなど、多くの人がそれぞれ異なる理由でビットコインに関心を持った。利用者が別の人に伝え、開発者がソフトウェアを改善し、マイナーがネットワークを維持し、企業がサービスを開発し、メディアがその動きを報じる。だれか一人が統括しているわけではないのに、世界中の参加者によって認知と信頼が積み上げられていった。ビットコインは、ブランドをつくろうとした人が一人もいないのに、ブランドになりつつあるのだ。

「消えなかった」という事実が信頼になった

ビットコインの歴史は、順風満帆だったわけではない。価格は何度も大きく上昇し、そのたびに大幅な下落も経験した。取引所の破綻や閉鎖、不正流出、過剰な投機、規制強化への懸念など、暗号資産業界を揺るがす事件もくり返されてきた。そのたびに、「ビットコインは終わった」「暗号資産に未来はない」という声が上がった。しかし、多くの事件で問題を起こしたのは、ビットコインのネットワークそのものではなく、周辺にある企業やサービス、あるいは人間の運営だった。銀行が破綻したからといって、法定通貨そのものが消えるわけではない。同じように、暗号資産交換業者が破綻しても、ビットコインのネットワークは動き続ける。

企業ブランドは、その企業がなくなれば失われる可能性がある。しかし、ビットコインには倒産する本社がない。解任されるCEOもいない。不祥事を起こした経営陣が、プロジェクト全体の信用を一度に失墜させる構造でもない。もちろん、ビットコインに課題がないわけではない。良くも悪くも価格変動は大きく、保管や利用には一定の知識が必要だ。将来的な規制や技術、エネルギー消費をめぐる議論も続いている。それでも、誕生から17年以上にわたって世界中で取引され、ネットワークが維持されてきた事実は消えない。

ブランドに必要なのは、失敗しないことではなく、試され続けても残ることなのかもしれない。多くの暗号資産が登場し、注目を集め、やがて市場から姿を消していくなかで、ビットコインは暗号資産市場の中心に残り続けた。「最初に生まれたから有名なのだ」と説明することもできるが、最初に登場しただけでブランドになれるわけではない。長く使われ、何度も検証され、危機を経験してもなお選ばれていることが必要だ。ビットコインが17年かけて築いたものは、価格だけではない。世界中の人々から批判され、期待され、試され、愛され、それでも消えなかったという履歴だ。その履歴が信頼となり、信頼の積み重ねがブランドになりつつある。後編では、ビットコインのブランドを支えている「デジタルゴールド」「オンライン上のネイティブカレンシー」「グローバルペイメントサービス」という3つの側面を整理する。