1970年代に2度起きたオイルショック(石油危機)の再来に、日本と世界が身構えている。半世紀前の石油危機は高度成長時代の終わりを決定づけ、日本企業が合理化・グローバル化路線へと突き進む転機となった。今回のホルムズ海峡ショックは、日本経済にどんな変容を迫るのか。
トヨタ生産方式と石油危機の意外な関係
「ジャスト・イン・タイム」などトヨタ生産方式を体系化したとして知られる元トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)副社長の大野耐一(1912~90年)は、82年出版の著書『大野耐一の現場経営』でこんな言葉を残している。
「トヨタ方式なんていうのは、世間じゃ全然知らんかったかもしれん。たまたま石油ショック以降に減産になった時でもトヨタが利益を上げたということで、トヨタ方式というのが注目を浴びてきたんだ」
石油危機による電力削減規制によって早くからショーウィンドーのシャッターが下り、暗くなった東京・銀座の街=1974年1月
減量経営と産業構造の転換
第1次石油危機後、エネルギー高騰と販売低迷に苦しむ日本企業に広がったのが「減量経営」だった。大量生産に頼れなくなり、まずは雇用や設備を身軽にして効率を高めた。現場の工夫を積み重ねて省エネ・省資源も劇的に進んだ。
産業の主軸は造船や繊維から自動車・電機へと移り、「限られた量をいかに安くつくるか」(大野)を追求したトヨタは80年代以降、日本企業の快進撃を代表する存在になる。
石油危機という逆境をバネに競争力を高め、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(米社会学者エズラ・ボーゲル)ともたたえられた日本。集中豪雨的な輸出攻勢は、米欧との貿易摩擦を招くまでになる。
競争力の劣後と新たな課題
しかし、90年代以降に世界経済が大きく変動する中で、日本企業の競争力は徐々に低下した。収益面でも環境面でも、かつてのような優位性は失われつつある。経営史家は「正常性バイアス」が根治を遠ざけていると訴える。
今回のホルムズ海峡ショックは、日本経済にさらなる変革を迫るものだ。仮に明日収束したとしても、エネルギー依存からの脱却や産業構造の再構築は避けて通れない。日本は再び、逆境を成長の糧にできるのか。



