マルチ弦楽器奏者であり執筆家としても活躍する高田漣氏が、父である伝説のフォークシンガー高田渡と、東京・吉祥寺の老舗焼き鳥店「いせや総本店」との深い絆について綴る。
父・高田渡といせや総本店の関係
高田渡氏とお酒にまつわるエピソードは数え切れない。父はまるで回遊魚のように吉祥寺の街を、そして酒場を、本人の言葉を借りれば「見回り」していたという。その中でも特に長い付き合いだったのが、いせや総本店だ。
職人たちが串打ちをする開店前から店に立ち寄り、そのまま夕方頃まで居座ることも日常的だったと聞く。父は携帯電話とは無縁の人生だったが、どういう経緯か仕事の依頼の電話がいせやにかかってくることもしばしばあった。家にはいせやからお歳暮が届くなど、単なる店と常連客という関係を超越していたのだろう。話によれば、父もまたその父、つまり高田漣氏の祖父である高田豊に連れられて子供の頃にいせやを訪れたという。付き合いは親戚同然といっても過言ではない。
葬儀と打ち上げの思い出
そうした縁もあってか、後妻の信仰もあり、いせやの少し先にある教会で父の葬儀が執り行われた。その際の後藤文雄神父の言葉も洒落ており、「高田渡にとって、いせやのカウンターは祈りの場だったのです」と述べた。その言葉に、参列者一同、不慣れな場ゆえの厳かなムードもどこへやら。葬式の打ち上げ会場として、いせや以外の場所は考えられなかった。
番組との縁
いせやと言えば、長寿番組「吉田類の酒場放浪記」の放送初回のラストに、父の姿が映り込んでいる。それがご縁で、高田漣氏は現在の番組テーマ曲を作曲することになった。死してなお父の酒宴は続いているのだなと感じ入った出来事である。



